2019年02月27日

「モノいわぬ機械」



日本新聞労働組合連合(新聞労連)は5日、首相官邸が東京新聞の特定記者の質問行為を制限したとして、抗議する声明を発表した。首相官邸は昨年12月28日、首相官邸の記者クラブ「内閣記者会」に対して、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設工事に関する東京新聞記者による質問について「事実誤認がある」として、「当該記者による問題行為については深刻なものと捉えており、貴記者会に対して、このような問題意識の共有をお願い申し上げるとともに、問題提起させていただく」と文書で要請。これに対して記者クラブ側は、「記者の質問を制限することはできない」と伝えた。新聞労連は声明で、「今回の申し入れは、明らかに記者の質問の権利を制限し、国民の『知る権利』を狭めるもので、決して容認することはできない。厳重に抗議する」とした。また、官房長官の記者会見で司会役の報道室長が質問中に数秒おきに「簡潔にお願いします」などと質疑を妨げていることについても問題視。官邸側が「事実をねじ曲げ、記者を選別」しているとして、「ただちに不公正な記者会見のあり方を改めるよう、強く求める」としている。((朝日新聞デジタル2019年2月5日記事引用)

官房長官会見で記者が質問中に会見進行役の報道室長から「簡潔にお願いします」などと言われることが「質問妨害」にあたるとの指摘について、菅義偉官房長官は26日の記者会見で、「妨害していることはない。質問の権利を制限することを意図したものではまったくない。質問にしっかり移ってほしいということだ」と述べた。関連して東京新聞記者から記者会見の意義を問われると、菅氏は「あなたに答える必要はありません」と答えた。東京新聞は20日付の朝刊で報道室長の発言について「本紙記者に質問妨害や制限を行っているのは明らかだ」との見解を示している。(朝日新聞デジタル2019年2月26日記事引用)

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あなたに答える必要はありません
「あなた(望月記者)」は「あなた方(国民)」と言われたと同じと憤慨すべき首相官邸の記者クラブ「内閣記者会」は一体何を押し黙っているのか!



(1972年6月17日の退陣表明記者会見での佐藤栄作首相)

1972年6月17日の退陣表明記者会見の冒頭、佐藤は「テレビカメラはどこかね?テレビカメラ…。どこにNHKがいるとか、どこに何々いるとか、これをやっぱり言ってくれないかな。今日はそういう話だった。新聞記者の諸君とは話さないことにしてるんだ。違うんですよ、僕は国民に直接話したい。新聞になると文字になると(真意が)違うからね。残念ながら…、そこで新聞を、さっきもいったように偏向的な新聞は嫌いなんだ。大嫌いなんだ。直接国民に話したい。やり直そうよ。(記者は)帰って下さい」と発言。最初は冗談かと思った記者たちより笑い声もあったが、佐藤はそのまま総理室に引き上げてしまった。内閣官房長官として同席していた竹下登の説得で再び会見室にもどり、何事も無かったよう佐藤は記者会見を始める。反発した新聞記者が「内閣記者会としてはさっきの発言、テレビと新聞を分ける考えは絶対許せない」と抗議したが、「それならば出てってください。構わないですよ。やりましょう」と応え、これに岸井成格が新聞記者達に呼びかけ、「じゃあ出ましょうか!出よう出よう!」と記者全員が退席。がらんとした会見場で、佐藤はひとりテレビカメラに向かって演説した

その日の朝日新聞夕刊は、事の顛末を「…ガランとした首相官邸の会見室で、首相はモノいわぬ機械に向かって一人でしゃべっていた」と突き放すように締めくくった。全国紙が時の首相を「一人でしゃべっていた」などと書くのは前代未聞の出来事だった。(佐藤栄作 wikipediaより)

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「…ガランとした首相官邸の会見室で、首相はモノいわぬ機械に向かって一人でしゃべっていた」と突き放す。「直接国民に話したい」と言いながら、その国民は「モノいわぬ機械」たるテレビカメラで良いと。佐藤栄作内閣退陣記者会見は、極めて象徴的な出来事だった。

「話さないことにしているんだ」と言っているに等しい菅官房長に対して、首相官邸の記者クラブ「内閣記者会」は「じゃあ出ましょうか!出よう出よう!」と、あの日のように「モノいわぬ機械に向かって一人でしゃべっていた」と決然と突き放すべきではないのか!国民は「モノいわぬ機械」で良いとする菅官房長の本心をあからさまにすれば良い。

ところがそんなこともせずに、記者クラブが自ら「モノいわぬ機械」・単なるテープレコーダになって官邸広報マンを務める。それでも君らは記者なのか?菅官房長の横暴を許するのも、その記者クラブの耳があっても口がない「モノいわぬ機械」ぶりにある。我々国民はそんなことは望んでいない。国民は「モノいわぬ機械」で良いと記者クラブ自身が菅官房長と考えを共にしているのではないか?

(おわり)

追記:
あなたに答える必要はありません」の「あなたに」。他の人ならいざ知らず「あなたにだけは」との意味がある。個々の質問にではなく特定の人に答えない。「こんな人たち」と指を突き立てる(安倍首相)と同じことを官房長は行っている。権力の場を使った個人攻撃・排斥でもある。職場で社長が公然と特定の社員に向かって言い放てば、パワハラとなるだろう。少なくとも「その質問には◯◯の理由によってお答えできません。」と丁寧に応答すべきである。「あなたにはその必要がない」とは「こんな人たち」と同様、怒りに任せた感情でしかない。また、望月記者は社命を受けてその場に臨んでおり、決して私人ではない。その記者に向かって「あなたに」と私人扱いをし、且つ、「答える必要はありません」と記者の担う職務自体を否定する。これほどの侮辱はないだろう。

posted by ihagee at 03:56| 政治

2019年02月25日

ドナルド・キーンさん



日本文学の第一人者としてのキーンさん。それ以上に、クラシック音楽の造詣の深さに私は感銘することが多かった。戦前のメトロポリタン歌劇場から始まるキーンさんの鑑賞史は本当に興味深かった。野村あらえびす(野村胡堂)と並び立つ怒鳴門鬼韻(キーン)さんという位置付けだった。前者が専ら音盤、後者はコンサートホールの違いはあっても本業よりも熱の入り方が違う点では共通していると思う。

キーンさんを追悼する記事は、産経系では相変わらず「日本国素晴らしい・日本人凄い」の括りとして日本に帰化したキーンさんを手前勝手に持ち上げている。しかし、東京新聞のコラム(【ドナルド・キーンの東京下町日記】)で知るキーンさんはそれとは全く逆さの立場であることが判る。(東京新聞コラム『「日本人だから」戦争や憲法語る』)。

さらに 瀬戸内寂聴氏との対談本『日本の美徳』(中央公論新社)では、「私は日本人としてきちんと意見を言わなくてはいけないと考えるようになったのです」と「日本愛ゆえに改憲、原発、東京五輪を批判していた(リテラ2019.02.25付記事から)」。

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さて、大のクラシック音楽好のキーンさん。無人島に1枚レコードを持っていくとしたら、シューベルトの弦楽五重奏曲だと答えたそうだ。「この曲を最初聴いたとき、どうすれば人間はこんな音楽を作れたのだろうと思いました」と。

シューベルトが31才の短い生涯を終えるわずか数週間前に書き上げた楽曲でもある。なぜこんなにも早く死ななければならないのか神に向かって叫ぶような第二楽章をキーンさんの追悼としたい。



(Emerson Quartet & Mstislav Rostropovich )

(おわり)

posted by ihagee at 18:34| 音楽

沖縄県民投票結果



24日に実施された沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設に必要な埋め立ての賛否を問う県民投票で、埋め立てに「反対」の得票が40万票を上回り、投票総数の7割を超えた。昨年9月の県知事選で、玉城デニー知事が獲得した約39万6千票も上回り、新基地建設反対の民意がより明確に示された。(沖縄タイムス+プラス ニュース / 2019年2月24日 23:05配信引用)



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最終投票率は52.48%、この圧倒的民意の発露。

しかし、政府は米国に投げるべきボールを「丁寧な説明」と再び沖縄に投げ返すであろう。「普天間基地の早期返還を実現するため」という政府の説明について、アメリカ側は何の言質も与えていない。つまり確証もなく、普天間か辺野古かと政府は言っているに過ぎない。

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この確証・確信。

折しも、ロシアのラブロフ外相は、安倍晋三首相が北方領土を含む平和条約締結問題に「必ず終止符を打つ」と表明していることについて、「どこからそのような確信を得ているのか分からない」と疑問を呈した。(時事通信・2/24 22:39配信記事引用)

ロシアには日本政府(安倍首相)の「確信」の嘘を見抜かれている。

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「普天間基地の早期返還を実現するため」も「どこからそのような確信を得ているのか分からない」話であろう。

沖縄が米国との矢面に立たなくてもすむように、沖縄県民の民意を米国と真剣に話し合って基地解消に努めるべきは政府である。ところが、その政府(安倍政権)は米国の代弁者でしかない。(拙稿「沖縄の人々は本土の<防人>なのか?」)。

(おわり)


タグ:辺野古
posted by ihagee at 04:08| 政治