2018年06月14日

人の命の重さは、拉致被害者だけが重いのか?



「人の命の重さは、拉致被害者だけが重いのか?」

こんなタイトルを掲げると、拉致被害者が可哀そうではないか、と云われかねないが、あえて掲げる。

「一人一人の命の重さは同じ」だと、信じたい。だから、拉致被害者の命がとりわけ重いわけではない、と思う。しかし、政治が絡むと、その重さは変ってくるようである。

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北朝鮮による日本人拉致問題で、拉致被害者(生存する未帰還者)の帰還が「われわれの最も大切な」問題と安倍総理大臣は言う。

「われわれの最も大切な」の「われわれ」とは一体誰なのだろう?私にとっても拉致被害者の人権は大切だと思う。しかし、だからと云って、それが「最も」大切だとは思わない。また拉致被害者の人権が「われわれ」=日本国民が誰しも「もっとも大切」なことだとも思えない。なぜなら、そのほかの人権も「われわれ」は大切だと思うからだ。たとえば、ジャーナリストの安田純平氏はシリアの武装勢力に拘束されたまま、日本政府は救出の何の手立てもしていない。彼の場合、拉致被害者と本来同じ重さの命でありながら、安倍政権に批判的言動があったとして、政治的にその重さを軽んじられている。たとえ、自己責任で危険地に入ったとしても、拉致・拘束された被害者であることには変わりない。

いや、そんな例を出さずとも、非正規雇用の貧困に喘ぎ明日も知れぬ生活を送る若年貧困層の命の重さとは一体何なのだろうか?結果、自殺という自ら命を軽んじるように追い込むのは社会であり政治である。最近の例では、公文書改竄で自責に苛まれ自殺した近畿財務局のノンキャリア職員の命の重さは、改竄を指示したとされる者(佐川理財局長・当時)よりも軽いと云わんばかりの、麻生財務相の発言等々、政治的に軽重が扱われている感が強い。

政治的に利用価値があれば重くなり(不起訴となった佐川氏)、なければ軽くなるでは(自殺した職員)、合点がいかない。このように、拉致問題自体が、安倍自民総裁の都合(今秋の自民党総裁選挙)に有利に働くイシューだからこそ、「最も大切な」問題としてこのごろ安倍総理が取り組みだした魂胆が透けてみえる。つまり、政治家の都合でこの問題が優先的に扱われる。

随分と旧聞となるが、ダッカ日航機ハイジャック事件(1977年)で、日本政府は交渉や武力での解決が難しいと諦め、10月1日に時の福田赳夫総理大臣が、身代金の支払いおよび日本赤軍収監メンバーなどの引き渡しを「超法規的措置」として行った。この時、「一人の生命は地球より重い」と福田総理は述べたが、万民の為の法律を人質の数よりも逆に軽いと扱ったことにもなる。法を蔑ろにしてその上に立つ人権を取った方が手っ取り早いと考えるのも極めて政治的思考である。犯人と粘り強く交渉するか、武力で鎮圧するか、高度で難しい解決を敢えて避け、原則を曲げて、結果を求めれば、矛盾だけが残る。爾来、いかなるシチュエーションであっても「超法規的措置」は採るべきでないということが国際政治の常識となっている。

拉致被害者があと何人生存しているのか判らないが、もし何人か生きていて、今後、拉致問題の日朝間の外交交渉で、それらの人々を帰還させるために、日本政府が直接間接的に北朝鮮に支払う費用は一体幾らになるのだろうか(億単位と言われている)?拉致問題という点でハードルを下げれば自動的に非核化のための費用まで降ってくる。その費用は十年間で220兆円と見積もられている(後述)。それら費用を前述の貧困問題に充填したら、数百・数千人の命が救われる。これをいうと、次元やシチュエーションが異なる問題を混ぜこぜにするな、と怒られそうだが、係る人権(命の重さ)はそれらの如何に拘わらず同じ筈だ。

米国同時多発テロ事件で亡くなった米国市民と、中東の紛争地で米軍の誤爆で亡くなった市民の命が同じ重さに扱われないのも、政治が絡むからだ。絡んで利益がある側の人権は重く扱われ、そうでない側の人権は虫けらのように扱われる。

だから、北朝鮮にとっても、日本の植民地となっていた当時の虫けら同然に扱われた人権問題を取り上げる権利がある。政治的にそれを取り上げるだけの国際的地位に漸く立つことができたからである(米朝首脳会談の結果)。人権が抑圧された側として当然、その歴史的清算を日本政府に求めてくるだろう(その賠償額は3兆円を下らないとされている)。

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非核化の費用(220兆円と見積もられている)の請求書の送付先を米朝が決めたのが先の米朝首脳会談の結果である。「米国と百パーセント共にある」と言う日本は、トランプ大統領が決めれば従うとの政治的に弱い立場に陥り、日朝首脳会談前の日米会談でこの費用負担の話を突きつけられたのかもしれない。その見返りは安倍政権を今後もバックアップするということだったら、とんでもないバーター取引である。国家としての自主性すら損なわれる事態だ。逆に何もそんな話を事前に聞いていないとなれば、それはそれで、日本政府は交渉する必要もなく結果に従えということで、植民地的扱いである。

非核を誓うなら核武装した当人が本来その費用を負担すべきことであろう。その費用がないというのなら、周辺諸国は貸付けるべきことだ。経済協力は借款の返済の目的も込めて行う、ということでなければいけない。この辺りの話し合いに日韓政府が入らず(裏で交渉したのかもしれないが)、米朝間で勝手に決めてしまった感がある。核兵器の片付けを行うべき核実験場や核施設をダイナマイトで勝手に破壊させたことも、片付けを困難にするだろう。放射能でいたるところ汚染されてしまったからだ。国際機関の査察も不可能なほど、めちゃくちゃにして、片付けは費用も人も技術も「よろしく」と北朝鮮は日韓に投げている。冷静に考えれば、こんなめちゃくちゃな話もない。しかし、和平路線を続けるなら米朝関係は後退させるわけにもいかない。北朝鮮(裏には中国)はある意味無手勝流・濡れ手に粟な、巧妙な戦術で米国と交渉し結果を得たことになる。

日本政府がここまでも袖にされたのも、拉致問題に固執し過ぎたからだ。「提起する」ことのみ日本政府の要望を受け入れ、その代わり他の問題には日本政府は交渉に関与させないとすれば、やはり拉致問題を米朝会談にねじ込むことは得策ではなかった。安倍政権は完全に足許を見られ掬われてしまっている。

米朝首脳会談で和平の方向性が示されたことは良いとしても、その費用を日韓が全て負担するという、責任の丸投げがその実であれば、日韓はただの財布扱いにされただけである。トランプとキムという政治家同士ならこんな荒っぽい交渉ができるのだろう。この辺りは、再交渉を行う必要があると日本政府は強硬に米朝両国に迫らなけれならない。非核の当事国(米朝)がその責任の一部をしっかり負うことを約束させる為にも。

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大所高所から話をすれば、本来、拉致問題とは最も小さな問題なのに、日本政府は解決への期待値を膨らませるだけ膨らましてきた。となれば、その問題解決のバーターとして、従軍慰安婦や強制労働など日本側が加害し傷つけられた人権の数は拉致被害者の数とは比較にならない程多い日朝間の問題の解決を北朝鮮が持ち出すのは目に見えている。大所高所で臨むべき問題に、拉致問題でハードルを下げて入ることは、ボタンを掛け違う可能性がある。

このボタンの掛け違いは、朴前政権との間での従軍慰安婦問題解決の為の日韓合意とも重なって見える。朴前政権が思い切りハードルを下げたために、ボタンを掛け違え、世論の合意を得られず、現政権は大所高所での日本との交渉をやり直そうとしているのがそれである。日本政府も拉致問題でハードルを下げ、結果(何らかの解決を見た結果)、北朝鮮から法外な請求書を突きつけられ、世論の合意が得られず、再交渉を図ることまで覚悟しているのだろうか?従軍慰安婦問題で日本が再交渉を撥ねつけるのであれば、北朝鮮が拉致問題で再交渉を撥ねつけたとしても、文句は言えない。

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拉致問題がその他の人権よりも優先的に解決しなければならないと考えるのは、極めて政治的な動機に基づく。その動機を持たない人権はその影で軽んじられる。安倍政権が拉致問題を声高に「何よりも大切な」と言い出したのは米朝首脳会談の兆しが見え始めてからであって、それまでは政治的に利用できないと思ってか、軽んじてきた(過去五年何の進展もない)。だから、なおさら、政治的動機でしかこの政権は人権問題を見ていないと判る。詩織さんの人権を蹂躙した強姦事件すら、その加害者が安倍総理に極めて近いという関係から問題無しと片付けたりと、権利の本来のあり方が政治で捻じ曲げられてきた。

拉致被害者家族の中でも、他の人権との比較衡量の観点も必要という声もあるようだ。即ち、解決の落としどころを決め(何を以て解決と認めるのか)、この問題で拉致被害者の人権だけが政治的に最優先・最大化されることを避けようとするものである(蓮池透さん)。政治イシューとなればなるほど、特恵される人権という世間の冷たい目が向けられる。政治家が少しでも距離を置くと拉致問題が世間の関心から薄れるのも、裏返せば、政治イシュー化して、我々の思う人権とは別の人権があるから関係ないのだと見放されているのかもしれない。あまりに政治と距離を詰め過ぎたのである。是枝監督がカンヌ受賞作品から政治的影響を遠ざけようとすると同じで、国策があってはならないのは、表現の自由も人権も同じ。そういう一歩引いたスタンスを拉致被害者家族の中で持つことは或る意味大事なことだ。

人権をかつて訴えていたミャンマーのアウン=サン=スーチーも、権力側に付きその人権に政治が絡むと、今度は人権を抑圧・蹂躙する側に回る。人間の基本的権利(命の重さ)は政治とは本来無関係に存立する。しかし、その距離を縮めれば、途端に政治によって軽重が判断される。拉致問題被害者家族を責めるつもりは毛頭ないが、彼らが政治と距離を詰めれば、政治が彼らを利用し人権を利用し政策に転換する。拉致被害者の人権こそ「最も大切」であると、他の人権に目を向けさせない(あるは抑圧する)偏った人権擁護に政治が走る。だからこそ、拉致被害者家族には視野を広げて、周りのこととも比較衡量してもらいたい。解決すれば他のことはどうでも良いわけではない。そんな全権委任を安倍政権に行ってはダメだからである。

日朝関係を正しく修復するには、河野洋平氏が説くように、大局的見地から臨むべきである。その中で拉致問題が一つの枝葉の議題として扱われるのが正しい。即ち、日朝国交正常化を幹に据えて、あるべき両国の姿を政治的に詰めていくことが大事で、政治的成果を急ぐあまり、ボタンを掛け違ってはならない。

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残念なことに、安倍政権はその政権の延命の為であれば、ハードルを下げてまでも対朝交渉で目先の得点をしたいらしい。ハードルを下げる日本政府はトランプ大統領からもキム委員長からも丸見えで、安倍総理は金蔓にしか見えないだろう。安倍総理なら、いくらでもカネを出すと彼らがその足許を見ている可能性がある。

ハードルを上げ、高度な外交交渉を積み重ねるだけの胆力も能力もないと、両首脳から日本政府はみくびられているようだ。

拉致問題にばかり終始していて本当に大丈夫なのだろうか?

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繰返すが、拉致被害者の人権がどうでも良いなどと云うつもりは毛頭ないが、この問題から日本政府が対朝交渉を始めることは、大局的見地に立つことができないことを懸念しているのである。その見地ではすでに非核化のため費用負担は日韓が主に行うと米朝首脳は決めているようだが(そんな約束を我々国民はした覚えはない)、それも拉致問題に拘るばかりに日本政府が同じ見地に立つことができないと見下されている証でもある。トランプ大統領が決めたことは日本政府が決めたと同じと扱われても安倍総理は文句一つ言わない。

非核化にかかる費用は10年間で220兆円に上ると試算する向きもあり、その額が幾らになろうと(青天井になる可能性もある)北朝鮮に対して日韓で払うことだけはトランプ大統領がキム委員長に約束しているようだ。拉致問題解決に日本政府が急ぐとなれば、当然、足許をみられ、カネの話ばかりになるだろう。この額を一年に均せば、消費増税分はすっ飛ぶ額でもある。財政健全化という近い将来への大課題を抱えているのに、なぜ、米朝間の非核化問題がそれより優先するのか、日本政府は米国・北朝鮮と真剣に交渉しなければならない。その際に、拉致問題を言質に取られてはならないのである(拉致問題は解決を約束したから、口を挟むなという立場に日本政府が追い込まれつつある)。

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拉致問題は悲しいが一旦棚上げにし、日朝国交正常化を見据えて、足許をみられない高度な外交交渉を日本政府に期待したいが、安倍政権では無理である。とにかく、藁にもすがる思いで、拉致問題で得点し秋の総裁選を乗り切り政権を維持することだけで頭がいっぱいなのだろう。

米朝関係を後退させないことこそ、和平への道であれば、応分の負担を日本が行うのは当然であるが、当然とするには日本政府が積極的に米国と北朝鮮それぞれを相手に真剣に交渉に取り組まなければならない。他人の褌で相撲をとったり、ゴルフ外交などしていては、もうダメなのである。もっと高度且つ戦術的な交渉を行うに安倍政権は非力過ぎる。そういう時代に突入したと我々国民も考え、国益に適う外交手腕を発揮できる政権を求めるべきだ。時代の変わり目も知らぬ、非力な安倍政権には明日にもその座を下りて貰わなければならない。

(おわり)

追記:
人権に関しては北朝鮮国内に重大な人権問題が存在することを忘れてはならない。抑圧蹂躙している側の最高指導者はいうまでもなくキム委員長である。
日本人拉致という人権問題をキム委員長との間で「解決」することは、北朝鮮国内で虐げられている多数の人々の命と取引することでもある。返してもらえるのならその犯罪に目をつぶろうと言うのであれば、そういうことだ。
このように北朝鮮の人権問題に触れずに拉致という人権問題だけ解決するということは、日本人の命は重いが朝鮮の人々の命は軽いということを、日本政府が是認することになる。自国民に非情なキム委員長はそれで構わないかもしれないが、人権意識の高い先進国の同意は得られまい。
人の命の重さは同じであれば、人権問題は等しく解決されなければならない、現実はなかなかそうならなくとも、政治はその理念を自ら蔑ろにしてはならない筈である。

ところが、等しく解決される必要などない、と理念などどうでも良いと言わんばかりのトランプ大統領に、国際的に非難の声が上がっている。金銭的な利益さえ得られれば、犠牲となる命があってもそれは仕方のないことだ、とはビジネスで割り切れることも(武器商人のように)、政治の常識ではない。拉致問題ばかり優先する日本政府にいずれ非難の矛先が向かう可能性は十分にある。拉致問題からあの国と交渉することは私は反対だ。



タグ:拉致問題
posted by ihagee at 17:52| 政治

「解決済み」言及せず



マスコミは今、以下の内容をしきりと伝えている。

「解決済み」言及せず=拉致問題で金正恩氏―日朝会談を本格模索・政府

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が12日の米朝首脳会談でトランプ米大統領から日本人拉致問題を提起された際、「解決済み」とする従来の立場に言及しなかったことが13日、分かった。安倍晋三首相側近の萩生田光一自民党幹事長代行が、米政府から日本政府に伝えられた内容として記者団に明らかにした。日本政府は前向きに捉えており、日朝首脳会談を本格的に模索する方針だ。(時事通信・6/13報)

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この報道を耳にすると、あたかも、キム委員長がトランプ大統領から「拉致問題は解決済みと認識しているのか?」と問われ、答えを留保したかに思わせる。

しかし、そもそも、米朝首脳同士の会話の受け答えが詳らかでもない。政府は国民にその受け答えの詳細を伝えていない。拉致問題は解決済みか否かを、トランプ大統領がキム委員長に問うたのか否かも明らかでない。しかし、あたかも、問いたがキム委員長が口ごもったかの、希望的イメージだけを政府は国民に植え付けようとする。

国会での安倍総理はご飯論法を駆使し、答えをはぐらかしているが、その論法でいえば、訊かれていないことには答えないが、否定したわけではない、ということになる筈だ。そもそもトランプ大統領が拉致問題について、「拉致問題は解決済みだと認識しているのか?」とまで踏み込んでキム委員長に質問したとは考えにくい。キム委員長との対談で人権問題についてはほとんど触れなかったとトランプ大統領は明かしているのに、日朝間の問題にのみ踏み込んで受け答えがあったとも思えない。

マスコミの一部からは、

「いま、萩生田(光一・自民党幹事長代行)さんがマスコミに『金委員長は「解決済み」とは言わなかった』という情報をしきりに流していますが、仮にそうだったとしても何も言ってもらえなかっただけでしょう。どれだけハードルを下げてるんだ?という話です(笑)。しかも、発言の主は萩生田さんですからねえ。実際は『解決ずみ』に近いゼロ回答の反応を伝えられたのに、それをごまかすために真偽不明の情報を流している可能性もある」

などと、すでにその言説の真偽不明ぶりが指摘されている。

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なぜ、客観的に相手の言葉を取らないのか?
無回答なら無回答である。否、ゼロ回答と客観的に受け取るべきだ。

拉致被害者の曽我ひとみさんは、メディアに向けたコメントのなかで「結果は何も出ませんでした」「もっと具体的な答えを引き出してほしかった」として、「とても残念としか言えません」と客観的にコメントしている。

客観的な立場で物事を受け止めず、希望的観測を早々と打ち上げることは、相手に足元を見られることでもある(ハードルを下げる)。そうでなければ困る・苦しいと、相手にこちらの立場を示すことは外交上で弱みを相手に握られることだ。

かの巌流島の闘いでは、早々と鞘を捨てたことを宮本武蔵から己の敗北の予兆などと指摘され、佐々木小次郎はかっと頭に血が上り、冷静さを失ったところを武蔵に梶で額を割られたが、日本政府の今般のコメントは、「小次郎破れたり!」と相手(キム委員長)に言わせる危険性がある。

今回の政府筋が打ち上げた観測は稚拙に過ぎる。北朝鮮は「拉致問題は解決済み」とあらためて発表する、ということがいかに日本政府(安倍政権)にダメージを与えるか、を認識し、今後この問題については常に優位な立場を取り続けることだろう。日本政府はそう発表されることを常に恐れなくてはならなくなった。

自分で何一つ直接交渉せず、他人同士の交渉事を手前勝手に都合よく解釈すれば、事実(ファクト)と乖離することをこの政権はわからないらしい。

キム委員長が「これまで話し合いを否定し続けた安倍政権とは拉致問題の交渉は一切しない。我々が生まれ変わったのだから、安倍政権に代わる新たな政権とのみ交渉する」などと一言でも発表すれば、安倍政権の存立すらキム委員長の手の内に握らせることになる(そうはっきり言ってもらった方が、良いのかもしれない)。

(おわり)

タグ:拉致問題
posted by ihagee at 03:13| 政治

2018年06月13日

一国の総理のすることか?



「われわれにとって何よりも大事な拉致問題」(安倍総理)と、問題の当事者の一方でありながら、その解決の道筋を当事者でもない他者に預け果報を待っていた。これが一国の総理大臣のすることなのだろうか?

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「(金委員長に対して)拉致問題を明確に伝えてもらった」(安倍総理)そして、米朝首脳の共同声明には拉致問題などの人権問題の言及はない、で終わった。

ただ伝えただけ。これで外交が済むのであれば子供の使いと変わらない。安倍総理自身はこの五年間一体何をしていたのか?ただ徒らに北朝鮮の脅威を煽るだけ煽り、話し合いをすべきでない、国交断絶を国際社会に呼びかけ(河野外相)、拉致問題など真面目に扱う素振りもなかった。モリカケ問題などの政権絡みの不祥事で内閣支持率低下を挽回しようと、拉致問題を急に喫緊の課題と扱い始めたのが事実であり、内政の失態を外交で糊塗する悪筋の弥縫策とも言える。それぞれ別々に扱うべきことだ。

そして、今般の米朝会談の結果は拉致問題は日朝間で交渉すべき問題であることがより鮮明になった(当然)。拉致問題解決に安倍総理が自ら腰を上げようとしないのは、過去五年、日本政府は北朝鮮との交渉ルートすら築いて来なかったことがわかってしまうからかもしれない。米朝首脳会談でトランプ大統領がルートを築いてくれれば幸いと思っていたフシがある。

日本政府は6/14、15両日にモンゴル・ウランバートルで開かれる国際会議「ウランバートル対話」に外務省幹部を派遣し、日朝協議開始に向けて北朝鮮当局者との接触を模索する方針・・と、今になって慌てふためいている。

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安倍外交なるものを俯瞰すると、つまり、内政の数々の失態を覆い隠すために、外交を利用し続けてきた一面がはっきり判る。憲法解釈やら消費増税延期の口実を外因に求め過ぎた。そのために外因まで勝手に作り上げた感がある。ホルムズ海峡の機雷やら、リーマンショック級の経済危機の可能性やら・・今になってみるとどれもフェイクだったが、当時は散々と煽った。まるでバナナの皮で転んでみせる芸(スラップスティック)である。失態失策で政権への批判が高まると、北朝鮮の脅威を煽り、金袋を背負って外遊し「やってます感」を出かけた先で創出し、外遊先で落としたカネを財界に還流させ、ゴルフ外交なる奇手を繰り返し、挙句は恥も外聞もなくマリオに扮装しておどけてみせる(サーカス)。

このようにアリバイを勝手にこしらえ、政治の無能ぶりを、色物・際物で隠してきた。本芸で勝負できないからいつまでたっても国際政治では前座扱い(各国首脳がG7に向け入念に準備している間、安倍総理はゴルフで英気を養っていた=遊んでいた。G7では首脳同士の膝詰め協議に席すら与えられなかった)。そして誰かのかばん持ちばかりしてきた(幇間芸)。その拙い芸を何ら批判せず拍手喝采を続けてきたマスコミの罪は深い。この間、北の首領はめきめきと芸を磨き、前座から真打になりつつある。核兵器なる色物・際物を使わなくともこの先、外交が可能だと彼は自信を深めたかもしれない。

世人の不安を煽って政権への求心力を高める不安ファシズムを安倍政権は多用し過ぎた。上陸すれば途端に勢力が衰える台風のように、熱源である不安要因がなくなることがこの政権の最大の不安要素でもある。否、わが国の最大の不安要因は福島の原発事故であり、巨大地震の可能性であり、その上に五十数基建つ原発である。安倍政権が何をしてきたというのだろうか?原発再稼働を推し進め、真の不安要因をむしろ増大させようとしている。カジノだリニアだ五輪だ万博だ、とここでも色物・際物を繰り出し、内政の貧困から、世間の目を逸らそうとしている。北の核兵器やミサイルの脅威より、足元の脅威の方が数百倍大きい。

無芸大食に甘んじる前座は引っ込んで、そろそろ真打に登場してもらいたいものだ。

(おわり)
posted by ihagee at 03:08| 政治