2017年06月08日

「自由に反する恥ずべき考え方」=「美しい国(安倍首相)」



アベノミクスは国家社会主義か(山田厚史氏)」、やっぱりそう考える人がいた。

「精神的自由も経済的自由も全て国家(と一握りのお友だち的支配階層)に収奪搾取される(以下詳述)」、国家主義を安倍政権は本気で望んでいる。

憲法改正で天皇陛下を元首に据えようとする動きは、「天祖に対する国民の至誠」を求めた戦前の国家主義への回帰であり、その「至誠」を座右の銘にするは安倍晋三首相。そして、「『日本を取り戻す』ことは『大麻を取り戻す』こと」=「大麻=神宮大麻」=「神国」即ち、国家至上主義を理想と言って憚らない安倍昭恵夫人、この夫妻と取り巻きによる国家の私物化だろう。個人なる絶対的存在も自由なる世界もそこにはない。安倍政権の「自由に反する恥ずべき考え方」で日本は国際社会から孤立することだろう(国連の人権理事会を敵視するようではもう孤立は始まっているのかもしれない)。

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<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案。

政府は2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けたテロ対策として、共謀罪の趣旨を含む組織犯罪処罰法改正案を成立させ、国際組織犯罪防止条約(TOC条約)を締結しなければならないと主張している。おそらく、国会では与党が数に物を言わせて近日中に法案は成立するだろう。

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この「共謀罪」法案をめぐり、懸念はすでに国際社会でも共有されている。

各国が立法作業をする際の指針とする国連の「立法ガイド」を執筆した刑事司法学者のニコス・パッサス氏は、TOC条約については「組織的犯罪集団による金銭的な利益を目的とした国際犯罪が対象」で、「テロは対象から除外されている」と指摘し、さらに「条約はプライバシーの侵害につながるような捜査手法の導入を求めていない」と述べている(東京新聞Web・6/5配信)。

プライバシーの権利に対する十分な保護もないこの法案を成立することを何ら正当化するものではありません」と国連特別報告者、ジョセフ・ケナタッチ氏が安倍首相宛に書簡を送りその内容は、国連のサイトでもその内容が公開されている。

さらに、国連特別報告者デービッド・ケイ氏は「プライバシーをどうやって守るのかということは憲法の権利でもあるから、どう守るかということを考えなければいけない。表現の自由の核になるのがプライバシーだから、これはわれわれの人生全てに関わってくることだが、私の見方からすると、プライバシーがなければ、個人的な情報の自由ということがなければ、口を開くのもいやになるでしょうし、いろいろなところにいってサーチをしよう、ブラウジングしようということもやりたくないというふうになるかもしれない。どのような民主社会においてもそのことは意識をしないといけない。この問題というのは共謀罪にも関わってくるのかもしれないが、それよりは一般的な問題だろうと思う。万人が焦点を当てて懸念を持たなければいけない問題だと思う」(産経新聞・6/2配信)。

そして、『国際ペンは、いわゆる「共謀罪」という法律を制定しようという日本政府の意図を厳しい目で注視している。 同法が成立すれば、日本における表現の自由とプライバシーの権利を脅かすものとなるであろう。私たちは、日本国民の基本的な自由を深く侵害することとなる立法に反対するよう、国会に対し強く求める。(2017年6月5日・国際ペン会長 ジェニファー・クレメント)』(日本ペンクラブ・サイト)

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「プライバシーの侵害につながるような捜査手法の導入」(ニコス・パッサス氏)、「プライバシーの権利に対する十分な保護もない」(ジョセフ・ケナタッチ氏)、「プライバシーをどうやって守るのかということは憲法の権利でもあるから、どう守るかということを考えなければいけない」(デービッド・ケイ氏)、「同法が成立すれば、日本における表現の自由とプライバシーの権利を脅かすものとなるであろう」(ジェニファー・クレメント氏)・・と誰も異口同音に<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案が成立施行されれば、個人の「プライバシー」が国家によって合法的に侵害される虞を述べている。しかし、日本政府はこれら懸念に一つとして答えようとしていない。

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国会での政府の説明を聞いていると、2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けたテロ対策は、地震や津波といった自然災害と同様に未然防止(危機管理の意味)が必要と繰り返している。防災と同じ「安全安心」の為なら<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案も仕方なしと容認するような世論を醸成している。これはとんでもない間違った説明である。

先だっても文化放送「伊東四朗・吉田照美 親父熱愛(パッション)」(毎土曜日午後3時〜5時)の番組中で、伊東氏が「テロを防ぐためなら共謀罪法案には賛成、政治体制が昔と違うから治安維持法みたいなことにはならないんじゃないか」などと、大反対する吉田照美氏を尻目に懸けていた。伊東氏のようにテレビと新聞にしか情報源を求めない老人世代にとっては、防災と同じ感覚で共謀罪法案を理解しているのだろう。それらが積極的に伝えない国際社会からのプライバシーに関わる懸念は知る由もないのかもしれない。

自然災害への備え(危機管理)で対象となるのは客観的な事象の把握であってその範囲は明確であり、個人のプライバシー(内心の自由)が含まれることはない。他方、テロ対策で把握しようとする対象は、それが犯罪の準備行為が行われる前の2人以上の合意、即ち、個人のプライバシー(内心の自由)に他ならない。備えは備えでも対象が全く異なる。

事実、法務省の林真琴刑事局長は5月12日の衆院法務委員会で「準備行為が行われる前でも任意捜査は許される」との見解を示し、合意だけでも捜査可能であることが明らかになった。個人のプライバシーにまで捜査を可能にし、犯罪の定義を根本から変えようとするのが<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案である。

自然災害への備え(危機管理)と同じという説明は、プライバシーに対する万人の疑念を稀薄化させるための詭弁に他ならない。

組織犯罪処罰法改正案(正式名称「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案」)は、「共謀罪の趣旨を含む」や「テロ等準備罪」を冠して呼ばれたりしているが、「テロ」とあるように、その処罰対象となる犯罪類型には「テロ」とは全く関係のない罪が数多く含まれている(拙稿「<共謀罪の趣旨を含む>組織犯罪処罰法改正案と知的財産権侵害」で述べた通り)。テロ行為に限らず、社会一般の行為にまで網を張るものである。

「組織的犯罪集団」や「準備行為」の法的概念が甚だ不明確な上に、「遂行を2人以上で計画した者」を処罰するという法案の本質は、通信傍受や監視カメラ等を利用した捜査手法の拡大やそれに伴う捜査権の濫用の虞、市民の表現・通信・集会・結社の自由などを萎縮させる虞を招くものであるが、それらの虞に対する十分な保護がないことはケナタッチ氏の指摘の通りである。「テロ」の「等」に含まれる罪や「遂行を2人以上で計画した者」としての「組織的犯罪集団」に<一般市民>も対象となり得ることは、衆院法務委員会での参考人質疑に於いてもまた、法律の専門家からも強く指摘されていることである。

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ここへきて、米中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン元職員が重要な証言をしている。

共同通信とのインタビューの内容は以下の通り。スノーデン氏の証言は彼がCIAから持ち出した文書を元にしており、その文書自体、米政府は本物であることを認めている。従って、「事実」に基づく証言であり極めて衝撃的である。

『米国家安全保障局(NSA)による大規模な個人情報収集を告発し、ロシアに亡命中の米中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン元職員(33)が一日までにモスクワで共同通信と単独会見した。元職員は持ち出して暴露した文書は全て「本物」と述べ、NSAが極秘の情報監視システムを日本側に供与していたことを強調した。日本政府が個人のメールや通話などの大量監視を行える状態にあることを指摘する証言。元職員は、参院で審議中の「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が、個人情報の大規模収集を公認することになると警鐘を鳴らした。元職員によると、NSAは「XKEYSCORE(エックスキースコア)」と呼ばれるメールや通話などの大規模監視システムを日本側に供与。同システムは、国内だけでなく世界中のほぼ全ての通信情報を収集できる。米ネットメディア「インターセプト」は四月、元職員の暴露文書として、日本に供与した「エックスキースコア」を使って、NSA要員が日本での訓練実施を上層部に求めた2013年4月8日付の文書を公開した。元職員は共謀罪について「日本における(一般人も対象とする)大量監視の始まり。日本にこれまで存在していなかった監視文化が日常のものになる」と指摘。法案に懸念を表明した国連特別報告者に「同意する」と述べた。』(東京新聞web・6/2配信引用)

『−日本の共謀罪法案については。
「(法案に)懸念を表明した国連特別報告者に同意する。法案がなぜ必要なのか、明確な根拠が示されていない。新たな監視方法を公認することになる」
「大量監視の始まりであり、日本にこれまで存在していなかった監視文化が日常のものになる」
−大量監視は何をもたらすか。
「『あなたに何も隠すものがないなら、何も恐れることはない』とも言われるが、これはナチス・ドイツのプロパガンダが起源だ。プライバシーとは『隠すため』のものではない。開かれ、人々が多様でいられ、自分の考えを持つことができる社会を守ることだ。かつて自由と呼ばれていたものがプライバシーだ」
隠すことは何もないからプライバシーなどどうでもいいと言うのは『言論の自由はどうでもいい、なぜなら何も言いたいことがないから』と言うのと同じだ。反社会的で、自由に反する恥ずべき考え方だ
−大量監視で国家と市民の関係は変わるか。
「民主主義において、国家と市民は本来一体であるべきだ。だが、監視社会は政府と一般人との力関係を、支配者と家臣のような関係に近づける。これは危険だ」
「(対テロ戦争後に成立した)愛国者法の説明で、米政府は現在の日本政府と同じことを言った。『これは一般人を対象にしていない。テロリストを見つけ出すためだ』と。だが法成立後、米政府はこの愛国者法を米国内だけでなく世界中の通話記録収集などに活用した」
−テロ対策に情報収集は不可欠との声もある。
「十年間続いた大量監視は、一件のテロも予防できなかったとする米国の独立委員会の報告書もある」』(東京新聞web・6/2配信引用)

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スノーデン氏の証言から判ることは、すでにNSAから日本側に供与されている情報監視システムを用いた個人情報の大規模収集の合法化のために、「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が必要ということである。その先には国家による一般市民への監視社会が到来することに彼は警鐘を鳴らしているのだ。

「政府と一般人との力関係を、支配者と家臣のような関係に近づける」については、まさしくその通り符号するかの如く、自民党憲法改正草案では、「個人として尊重される(現行憲法第13条)」を「人として尊重される(改正草案第13条)」と改めることによって、国民は「絶対的に尊重される」から国家との関係で「相対的に尊重される」としている(拙稿『「個人」か「人」か(憲法第13条)』)。

憲法によって本来縛られるべきが「国家」であり「国家権力」であるのに、その憲法を改悪して、「国家」「国家権力」が「個人」の生存する権利を縛るという大転回(革命)を意味する。これが「支配者と家臣のような関係」なのだろう。「国家=国体・政体」という<国家主義的>図式を、安倍政権は志向しその為の装置(エックスキースコア)をNSAから供与され、合法的にその装置を用いて監視社会を具体化するために、法律(組織犯罪処罰法改正案)及び上述のような憲法改正を行おうとしているのが実体ではないのか?

拙稿「豚の独裁者(オーウェルの動物農場)」でも述べたが、自民党改正憲法草案上では、個人が絶対的に存在せず、国家との相対でしか(さらに個人ではなく人としてしか)存在を認めようとしない、何が「公益及び公の秩序」であるかは国家が決め、国民はそれに従うべきとの国家主義観が見え隠れする。

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「隠すことは何もないからプライバシーなどどうでもいいと言うのは『言論の自由はどうでもいい、なぜなら何も言いたいことがないから』と言うのと同じだ。反社会的で、自由に反する恥ずべき考え方だ」(スノーデン氏)

この「自由に反する恥ずべき考え方」を「天祖に対する国民の至誠」と賞揚し体現したのが、戦前の国家主義であったことを忘れてはならない。その「至誠」を座右の銘としているのが安倍晋三首相であり、その夫人は「『日本を取り戻す』ことは『大麻を取り戻す』こと」と言って憚らない(拙稿『安倍晋三首相・座右の銘「至誠」が意味するもの』)。「大麻」とは神道の神札(大麻)に象徴化された「神国」即ち、国家至上主義である。「何も言いたいことがないから」と我々が口をつぐみ、精神的自由も経済的自由も全て国家(と一握りのお友だち的支配階層)に収奪搾取されて、オーウェルの動物農場のように我々一般市民が畜群になる国こそ、安倍首相の目指す「美しい国」であって良い筈がない。その将来の「何も言いたいことがない」畜群を養成するモデル校が塚本幼稚園や瑞穂の国小学校(安倍晋三記念小学校)であったし、畜群から経済的自由を奪い国家と一握りのお友だち的支配階層が占有する安倍首相流国家戦略特区が今治の加計学園であろう。そう眺めてみればジツに判りやすい。

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国際NGO「国境なき記者団」の世界の報道自由度ランキング(調査対象の180カ国・地域のうち)でわが国は民主党政権下(2010年)の11位から、安倍政権下(2016年)72位と落ち続けている。G7では52位のイタリアよりも下に位置する。72位の周辺には独裁政権国家、軍事政権国家、民族紛争や内戦の絶えない諸国が集まっており、かつては自由の先進国だったわが国の凋落ぶりは国際社会でも驚きを以て受け止められている。

「国境なき記者団」をいかなる団体か知らないと言ったり、国連人権理事会に任命された特別報告者たちに感情的に反感を示す日本政府(いずれも菅官房長官)の異常さは日々その程度を増している。

「日本政府の意図を厳しい目で注視している」(ジェニファー・クレメント氏)、「自由に反する恥ずべき考え方」(スノーデン氏)などと言われ、国連人権理事会から任命された特別報告者たちによって調査対象とされるような国を一体誰が望んだであろうか?それが「美しい国(安倍首相)」であるのなら願い下げだ。美しい国である筈がない。

(おわり)
posted by ihagee at 18:32| 政治

「向こうは死に体でこっちは1番」とまた言って済むことなのか?



国連特別報告者への日本政府の攻撃、国連事務総長の見解の意図的歪曲に国際社会から「驚くべき対応」との声。

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(赤旗・6/7配信引用)

また、歴史学者の加藤陽子氏は、法案を巡る政府の(国連特別報告者への)強硬姿勢に驚き、歴史上のある重大事件を思い出したと話す。『1931年の満州事変後、リットン卿が国際連盟の委嘱で報告書を発表した「リットン調査団」。その時の抗議と似ています。』(朝日新聞DIGITAL・6/6配信引用)

「向こうは死に体でこっちは1番」と国際連盟を蹴って出たあの時の日本に似てきた。

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(国連での安倍総理大臣の演説風景・あまりの閑散ぶりに国内メディアは揃って不掲載)

『自民党の二階俊博幹事長は18日、自身が率いる二階派の例会で、日本が加盟国の中で2番目に多く分担金を拠出している国連の対応に不満をぶちまけた。二階氏は、国際会議出席のため12〜16日に訪問していた中国・北京で、国連のグテレス事務総長と会談した際のエピソードを披露した。二階氏は「国連に対し日本はちゃんとしたことをしているが、その割に国連から日本がどれほど感謝されているか、どれほど期待されているかは、前々から疑問に思っていた」と指摘。グテレス氏に対し「遠慮会釈なく言ってやった。そしたら、かなりこたえてね。(グテレス氏は)『われわれもそのことを感じている』と。そういうところまで追い込んでやった」と紹介した。』(産経ニュース・5/18配信引用)

こっちは2番」だと国連事務総長を「追い込んでやった」と勇ましい。

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時代をさかのぼると、「こっちは1番」だと国際連盟(当時)の席を蹴って出た日本全権がいた。

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国際連盟から派遣されたリットン調査団が昭和6年(1931)に発生した柳条湖事件について『国際連盟日支紛争調査委員会報告書』を翌年10月2日に公表した。報告書の中で、日本軍の行動が自衛権の範囲を逸脱したと断定した点、満洲国は地元住民の自発的な意志による独立とは言い難く、その存在自体が日本軍に支えられていると論じた点について、日本政府は受け入れがたいと反発したが、報告書は国際連盟に提出審議され、リットン報告書をもとに作成された「中日紛争に関する国際連盟特別総会報告書」の採択が討議され満州の法的帰属は争う余地なく中国にあり、日本がとった軍事行動は自衛の範囲を逸脱するものと結論付けた。

この総会報告書に対する同意確認の結果、賛成42票、反対1票(日本)、棄権1票(シャム=現タイ)、投票不参加1国(チリ)であり、国際連盟規約15条4項[3]および6項[4]についての条件が成立した。松岡洋右全権率いる日本はこれを不服としてその場で退場し、日本政府は3月8日に国際連盟からの脱退を決定(同27日連盟に通告)し、日本国内世論は拍手喝采をもって迎えた。

42対1は当時日本で流行語になり語呂合わせで「向こうは死に体でこっちは1番」とか松岡全権を「42対1の英雄」と称賛する声が日本国中から湧きあがったとされる。

自らの立場に利すると読んで、リットン調査団を招き入れたのは日本政府であったがその報告の内容が不利と判断するや反発の上、「向こうは死に体でこっちは1番」とばかりに国際連盟の椅子を蹴って脱退し、盧溝橋事件を発端に日中戦争に突入し、国際連盟加盟国による対日経済制裁が開始され、それはやがて石油全面禁輸措置(ABCD包囲網)となり太平洋戦争に突入し敗戦を迎える。その勇ましい言葉とは逆の立場に追い込まれていく。

松岡全権の時代の「こっちは1番」ならぬ、二階幹事長の「こっちは2番」なるぶちまけ方こそ、国連に対して「一体なにものなのか」という日本政府の日頃からの居丈高ぶりを表わしている。「追い込んでやった」と勇ましいが、「追い込まれていった」とならない保証は一つもない。

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「一体なにものなのか」と言わんばかりの国連特別報告者への居丈高は菅官房長官の記者会見でも顕著だった。

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国連プライバシー権に関する特別報告者であるジョセフ・ケナタッチ氏が、5月18日、日本の共謀罪法案について「法律の広範な適用範囲によって、プライバシーに関する権利と表現の自由への過度の制限につながる可能性がある」と懸念を表明する書簡を安倍総理宛てに送付し、国連人権理事会のウェブページで公表した。

菅官房長官は22日の記者会見で
『「特別報告者」という立場ですけども、個人の資格で人権状況の調査報告を行う立場であって、国連の立場を反映するものではない。直接説明する機会が得られることもなくですね、公開書簡の形で一方的に発出したんです。さらには当書簡の内容は明らかに不適切なものでありますので、外務省は、強く抗議を行ったということであります。』と激しく反発した。

書簡にある質問内容に誠意をもって答えることなく、国連特別報告者をあたかも「一体何者なのか」と扱ったわけである(「一体なにものなのか」は安倍政権の広報誌と化している産経新聞記事の扱いである)。

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“安倍晋三首相は27日午前(日本時間同日夜)、訪問先のイタリア南部シチリア島タオルミナでグテレス国連事務総長と会談し、国際組織犯罪防止条約の締結に向けた取り組みや、国会で審議中の「共謀罪」法案について説明した。日本政府の説明によると、グテレス氏は、法案に懸念の意を示す書簡を安倍首相に送った国連の特別報告者ジョセフ・カナタチ氏について、「個人の資格で活動しており、その主張は必ずしも国連の総意を反映するものではない」などと述べたという。(タオルミナ=内田晃)”(朝日新聞デジタル・5/28日配信引用)

“【タオルミナ(イタリア南部シチリア島)=杉本康士】安倍晋三首相は27日午前(日本時間27日夜)、タオルミナ市内で国連のグテレス事務総長と会談し、慰安婦問題に関する日韓合意について日韓双方が履行することの重要性を強調した。グテレス氏は合意に「賛意」と「歓迎」を表明した。”(産経ニュース・5/27日配信引用)


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これらの記事は国連事務総長の言葉を以て、日本政府(安倍首相・菅官房長官)の立場を補強する内容であるが、朝日新聞の記事は「日本政府の説明によると」という伝聞であり、記者が会談の場に同席取材した結果ではない。産経ニュースでは取材源すら不明。何となく変だと思っていたら、案の定、同会談の「日本政府の説明」=日本発表と、事後の国連の事務総長報道官の発表の内容が食い違っていることが判明し、自らの立場に利するように国連事務総長との会談の結果を脚色して国内メディアに政府が伝えていた可能性が取り沙汰されている。「日本政府の説明」を裏付ける外電(外国メディアの報道)は今のところ存在しない。

ドゥジャリク事務総長報道官の発表の内容は以下の通り(国際連合事務局サイト):

28 May 2017
Note to Correspondents: In response to questions on the meeting between the Secretary-General and Prime Minister Abe of Japan
In response to questions received on the meeting between the Secretary-General and Prime Minister Abe of Japan, the Spokesman had the following to say:

During their meeting in Sicily, the Secretary-General and Prime Minister Abe did discuss the issue of so-called “comfort women”. The Secretary-General agreed that this is a matter to be solved by an agreement between Japan and the Republic of Korea. The Secretary-General did not pronounce himself on the content of a specific agreement but on the principle that it is up to the two countries to define the nature and the content of the solution for this issue.

Regarding the report of Special Rapporteurs, the Secretary-General told the Prime Minister that Special Rapporteurs are experts that are independent and report directly to the Human Rights Council.

「グテレス事務総長と安倍首相とのシシリーでの会談において、所謂「従軍慰安婦」問題が討議され、事務総長は日韓二カ国間での合意によって解決されるべき問題であることに同意したものの、特定の合意内容について言及せず、この問題の解決の性質と内容を決めるのは、二国次第である旨の原則について述べた。

特別報告者は、独立して人権理事会に直接報告する専門家であることを事務総長は安倍首相に伝えた。」(During以下を私訳)

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即ち、グテレス事務総長は従軍慰安婦について二国間で解決されるべき問題という原則論を述べただけで、産経が伝えるような発言(「日韓合意について日韓双方が履行することの重要性」)は認められない。また、ジョセフ・ケナタッチ氏を含む国連の特別報告者についても、22日に菅官房長官が述べた「個人の資格で活動しており、その主張は必ずしも国連の立場(→総意)を反映するものではない」と全く同様の言葉を事務総長は発していないことが判る。

「日韓合意について日韓双方が履行することの重要性」「個人の資格で活動しており、その主張は必ずしも国連の立場を反映するものではない」はいずれも安倍首相・菅官房長官の言葉そのものであり、事務総長が同じ言葉を会談の席で発したとの報道に、奇異な印象を受けたが、事務総長の口を借りた日本政府側の二人羽織だった可能性が高い。

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「人権に関する特別報告者」について、国連広報センターのウエブサイトには以下説明がある。

『人権に関する特別報告者と作業部会は人権擁護の最前線に立つ。人権侵害を調査し、「特別手続き」に従って個々のケースや緊急事態に介入する。人権専門家は独立している。個人の資格で務め、任期は最高6年であるが、報酬は受けない。そうした専門家の数は年々増えている。2013年4月現在、36件のテーマ別、13件の国別の特別手続きの任務があった。人権理事会と国連総会へ宛てた報告書を作成するに当たって、これらの専門家は個人からの苦情やNGOからの情報も含め、信頼にたるあらゆる情報を利用する。また、最高のレベルで政府に仲裁を求める「緊急行動手続き」を実施する。多くの調査は現地で行われる。当局と被害者の双方に会い、現場での証拠を集める。報告は公表され、それによって人権侵害が広く報じられ、かつ人権擁護に対する政府の責任が強調されることになる。これらの専門家は、特定の国における人権状況や世界的な人権侵害について調査し、監視し、公表する。』

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菅官房長官の『「特別報告者」という立場ですけども、個人の資格で人権状況の調査報告を行う立場であって、国連の立場を反映するものではない』との発言を照らすと、
「個人の資格で」は、政府や組織から独立(経済的・政治的)して任務に就くことを意味するもので、人権委員会の指示を受けずに中立した立場で活動していることを示している。従って、その活動そのものが国連の立場を反映する筈もないし、総意である筈もない。しかし、国連の人権理事会から任命された任務は、特定の国における人権状況や世界的な人権侵害について調査し、監視し、公表することにあるので、その活動が国連の任務であることに変わりはない。その活動を日本政府は軽んじて良い筈はない。菅官房長官の「何か背景があるのでは」とあたかもその中立性を疑う(陰謀めいた)発言は、特別報告者の立場と任務への侮辱でしかない。

ケナタッチ氏が安倍総理宛てに送付した、日本の共謀罪法案についての懸念と質問事項を「一体なにものなのか」と非難し放置したまま国会で法案を成立させれば、同氏がどのような報告書を人権理事会に提出することになるかは、同じく、その活動段階で日本政府側から「一体なにものなのか」と扱われた別の国連の特別報告者デービッド・ケイ氏のその後の活動から知ることができる。

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『日本における「表現の自由」の現状について、国連特別報告者のデービッド・ケイ氏(米カリフォルニア大法学部教授)が日本政府に提出した報告書原案の概要が明らかになった。「政府・与党による報道関係者への圧力」などに懸念を示す内容だ。24日午前の自民党国際情報検討委員会で、外務省が明らかにした。報告書は6月6日からスイス・ジュネーブで始まる国連人権理事会にあわせて公表される。概要によると、ケイ氏は報道の独立性を確保する観点から、政府・与党による報道関係者への圧力に懸念を示し、政治的公平などを定めた放送法4条の撤廃を要求。慰安婦問題を含む歴史教育について、元朝日新聞記者の植村隆氏への権利侵害や「教科用図書検定調査審議会」への政府の影響を指摘した。』(朝日新聞デジタル・5/24配信引用)

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国連人権理事会にあわせて公表される報告書は明らかに国際社会との懸念の共有にある。そうなれば、菅官房長官が「個人の資格で」とか「国連の立場を反映するものではない」と軽視できる場面ではなくなる。

1948年の「世界人権宣言」採択宣言に始まる国連による人権の国際的保護活動は、「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」を求めるものであって、この宣言の後に国際連合で結ばれた人権条約の基礎となっており、世界の人権に関する規律の中でもっとも基本的な意義を有する。同宣言第30条では「この宣言のいかなる規定も、いずれかの国、集団又は個人に対して、この宣言に掲げる権利及び自由の破壊を目的とする活動に従事し、又はそのような目的を有する行為を行う権利を認めるものと解釈してはならない。」と定める。わが国は1952年に発効したサンフランシスコ講和条約の前文で世界人権宣言の実現に向けた努力を宣言している。

人権の保護に努力をすべき日本国(政府)がその努力どころか、破壊を目的とする方向に進んでも、松岡全権ではないが、それでも「向こうは死に体でこっちは1番」と気取っていられるのであろうかそれでも、二階幹事長のように「こっちは2番」だと国連事務総長を「追い込んでやった」と威張っていられるのであろうか

わが国が人権や表現の自由に於いて、国際社会から孤立する道を選択することこそ国際社会の中でわが国が追い込まれ「死に体」となることである。

歴史の忠実なる再現者たる安倍政権がこの国を再び「死に体」にする日は近いかもしれない。

(おわり)



posted by ihagee at 02:29| 政治