2016年08月28日

ましかくプリント

「みなさん、お願いがあります。大切な写真はぜひプリントしてください。」がジャパネットたかたの高田明 前社長の口癖だった。

デジタルカメラのスペックや利便性の高さだけでモノを売らない。カメラはあくまでも道具であって、それを用いて想い出を残すことこそ大事ですよ、と言い忘れない。一瞬にして消えてしまうデジタル・データだからこそ、紙媒体(アナログ)に記録し直してアルバムとして残しましょうと。デジタルを売りながらアナログの良さを啓蒙する。佐世保のカメラ屋の生まれだけに写真への想い入れは深い。

私はデジタルカメラは滅多に使わない。使うとしてもブログに説明で使う写真程度である。フィルム撮影ばかりで中判カメラのスクエア(6 x 6)をフィルムからスキャンしてデータ化している。元のネガ・ポジフィルムがあるのでその点、記録が完全に消滅する心配はないが、ここは、高田さんの言う通りプリントしてみることにした。

アナログ・フィルムカメラ全盛のふた昔前なら、カメラ屋にプリントを頼めば、普通にネガやポジフィルムを元に印画紙に焼き付けてくれたものだが、今は、フィルムを渡そうが、それをデジタルデータ化した後、デジタルプリントするそうだ。ネガ・ポジフィルムを直接用いた昔ながらの焼き付けは手焼きだけで、特別なラボにオーダーしなければならない。プリントしてみる、程度ならデジタルプリントで先ずはよしとして、フィルムスキャナーでデータ化した写真をSDカードに収めて、近くの「カメラのキタムラ」に立ち寄ってみた。

富士フィルムの「ましかくプリント」というのを勧められた。スマートフォンもアプリを用いれば近頃は正方形に撮影できるので、それに合わせたサービスということだそうだ。プリントサイズは縦横89mmで1,074×1,074 pixel・150万画素を再現できるそうだ。これはアナログ・フィルムのスクエア(6 x 6)にとっても好適である。トリミングなしにそのままプリントできる。一枚90円程度なので値ごろである。店先の機器を使って、SDカードからデータを選択してオーダーしてみた。15分ほどでプリントが仕上がって手にしたがこれがなかなか綺麗にプリントされている。小さなサイズなので却ってアラが目立たずカード感覚である。

「ましかくプリント」専用の紙製の見開きのフォトフレームがあったのでこれを購入。「ましかくプリント」専用のアルバムは売っていないようだが、横長ポケットながら縦サイズでぴったり合うアルバムがあったのでこれも購入した。

どんな感じかは以下(手持ちのKine-ExactaからCarl Zeiss Jena Tesser

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のレンズを拝借してSony NEX-3で撮影。パンケーキの戦前のレンズ(Kine-Exactaは戦後早々に製造されたものだが、レンズは焼け残った倉庫から"救出された"戦前のものを使っていたようである。)古いレンズではNEX側のフラッシュ機能が無効化されてしまう。外光を求めて曇天の下、アンダー気味。でも、せめてレンズはアナログ時代のものを使いたい。)

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ましかくプリント2.jpg

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(アルバムの表紙の飾り窓にも裏側からプリントを入れることができる。窓の花の写真はもともとアルバムに付いていたもの。)

(おわり)

posted by ihagee at 08:29| 古写真

2016年08月24日

Abe Mario 安倍マリオ

本ブログサイトはアナログ・フィルムを記事の主題としますが、趣味に溺れて世事に疎んずるわけにもいかないので、ここで五輪に関連して一話を挿入したいと思う。次回からはまたカメラ・フィルムの話に戻します。

いささか穿った見方で気分を悪くされるかも知れないが、それでもお付き合いいただける向きにご一読たまわれば幸甚です。長文ご容赦。

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Nintendo、及びその世界的なゲームキャラクター Super Marioを想起させるコスプレと装置(土管)で、安倍総理大臣がリオ・オリンピック閉会式に続く五輪旗引き継ぎのセレモニーに登場したことは、世界中のメディアで取り上げられている。多くは好意的に報道されている。それが Nintendoであり Super Marioであることを、官邸サイドは否定しないばかりか、当の Nintendo が協力した旨を明らかにしている。自民党内からも「アベノミクス」に加えて「安倍マリオ」をイメージ的に一般化しようとする意見さえ聞かれる。

この演出は 2020 東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会森喜朗会長の発案(具体化したのは電通)で、大会組織委員会から Nintendo にキャラクターを借り受けたい旨、 要請したものだとも報じられている
(真偽の程は不明)。

Nintendoの広報担当者は海外メディアからの問い合わせに、Nintendoはオリンピックの公式スポンサーであったことも、いかなる形でも「スポンサーとして」関わったこともないが (2020年東京大会の公式スポンサーになる予定もない)、このようにセレモニーに協力す ることができて名誉であるといった主旨の回答をしているようだ。(五輪をテーマにしたNintendoのゲームソフトはあるが、あれはin-Gameのライセンスであって、オリンピックのスポンサーシップとは関係がないので混同なきよう。)

日本のメディアもこれで東京大会への期待・機運が一層高まったと、”Abe Mario”の成果に概ね諸手を挙げて賞賛している。

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しかし、何かがおかしい。そう私は感じた。そう感じる人たちが少なからずいるようだ。

2016リオ・オリンピックの閉会式とはいえ、閉会式より後の 8 月 24 日迄が「大会期間(競技期間を含む「ブラックアウト期間」)」であり、ノンスポンサーが「大会期間中」にその広告を許されるのは IOC又はNOCに五輪憲章規則40 義務の免除(waiver)申請を行い、その行おうとしている広告が「一般的な広告」であって、「リオ大会、オリンピック・ パラリンピックの知的財産、又はオリンピック・パラリンピック大会と一般的に関連づけられる言葉と、直接・間接的に関連しない(no direct or indirect association with RIO Games, Olympic /Palalympic IP or terms generally associated with the Olympic/Paralympic Gamer) 広告」(USOCの基準だが、他のNOCも倣っている)であると認定された上で許諾されている場合だけの筈だ。

Abe Marioの腕時計がIOCのTOP パートナーであるオメガのものであったと報じられている。本来、あの場でオリンピック資産と関連付けて広告できるのはオメガのような公式スポンサーに限ることは安倍総理自身が知っていたからこそ普段はセイコーの腕時計のところを、この場はオメガを身につけたのであろう。腕時計以外のコスチュームや装置が、NintendoやSuper Marioを想起するというグレーゾーンを狙ったのはある意味確信犯である。その程度の如何によっては、日本選手のメダル剥奪も有り得るペナルティと表裏であることを、マスコミは伝えていない。五輪がその憲章において最大限に尊重する競技者の個人的名誉を危険に晒してまで、Abe Marioが必要であった意味を私は理解できない。そんなものは尊重しなくても良いと言わんばかりの安倍総理大臣の心情を私は理解できない。

五輪旗引き継ぎのセレモニーは 2020東京オリンピック大会の場ではない。2016リオ・オリンピックの「大会期間(競技期間を含む)」は閉会式より後、8 月 24 日迄である。その「大会期間中」にノンスポンサーのNintendo、およびそのキャラクターをオリンピック資産と直接的・間接的に関連付ける広告については、事前にブラジルオリンピック委員会(COB)なり IOC(このセレモニーは世界中に発信されているから、ブラジル国内だけの広告ではない為)から許諾がなければならない筈。

たとえNintendoやSuper Marioを呼称しないからといっても十分それらが想起できるようなコスプレと装置・演出について、JOC は IOC に対して事前にどういう説明をしたのか/していなかったのか、また、IOCはいかなる判断をしたのか/ していないのか、そういう話は一切伝わってこない。また、そういう観点でAbe Marioを報道するメディアも識者もいない(それとも、私だけの穿った見方なのか?)。

公式スポンサー且つ、五輪マークを背景に広告宣伝ができるのは上述のオメガやCoca Cola, Nike など限られた IOCの公式スポンサー=TOP パートナー(ワールドワイドオリンピックパートナー)のみ、且つそのスポンサー料は数十億~数百億円/社。直接「Nintendo」「Super Mario」と呼称せずとも、コスプレと土管などの装置をみれば誰しも「Nintendo」「Super Mario」を想起する、そんな具合にノンスポンサーのNintendoは一銭も払わずにTOP パートナーと同じ場で同じような広告をしてもらったことになる。

しかも、総理大臣が自らグレーゾーンでサブリミナル的な広告を行った。直後、Nintendoの株価は大きく跳ね上 がったことからも、実質的にはNintendoとその商品を呼称したと同様の商業的広告効果があったことは明白だと思う。

Abe MarioはPokemon GOやマリナーズのスポンサーシップ (株)の売却(売却益で Super Mario の映画化)などの Nintendoの世界戦略にタイムリーにコミットした「超一流のマーケティング」であったと評価する海外メディアもあるぐらいだ。世界的関心の最も高い場面で、安倍総理がカメオ出演してサブリミナル的にノンスポンサーの NintendoをTOPパートナー並みに印象付けることに成功したという評である。

五輪旗の引き継ぎという、象徴的に憲章の精神(理念)を受け継ぐ場において、次回開催国の総理大臣がモノ売りの「マーケティング」にいそしむとは、今回のセレモニーが初めてである。過去のオリンピックで同じようなシーンを目にしたことはない。

さらにはオリンピックを公然と政治利用しているという意見もあった。それは、Abe Marioはみなさんと2020年東京大会でまた再会します、と言わんばかりに政治issue = 2020年までの総裁任期延長、を国内向けに発信したり、マラカラン・スタジアムのフィールドを覆い尽くす日の丸を以て、競技者個人よりも国家を優先するかの如く特定のナショナリズムに傾斜した国威発揚の演出は、五輪憲章の理念に反することは明らかである。

Super Marioは一企業の商品を離れて日本を表すアイコン(フジヤマ・ゲイシャと同じ日本を表すアイコン)となっているから構わないという人もいるが、安倍総理大臣は「ソフト(ウエア)」を Abe Marioと抱き合わせで発信している。単なるアイコンや、スポーツやホスピタリティの発信ではなく、産業の発信、それもNintendoのゲームソフトを代表例として特定の産業セクトのコマーシャルをしている。商業主義五輪と言われながらも、IOCやNOCが定めたマーケティングの枠(スポンサーシップ)の外側で、公然とノンスポンサーのマーケティングと受け取られかねないことを行ったことは、悪しき先例を示したとも言える。

巨額なスポンサー料でIOCのTOPパートナーとなっている Coca Cola や Nike を、ノンスポ ンサーのNintendoは最後に出し抜いたと皮肉る海外のツィートも出てきた。これでは彼ら公式スポンサーはメンツが立たないだろう。

Abe Marioがオメガの腕時計をする配慮があるなら、ついでに片手にコーク、もう片手にはジレット(P&G)のカミソリ、シューズ はナイキ、など、土管に入って出てくるたびに、全てのTOPパートナーの商品を代わる代わる身につけて登場して欲しかったとの皮肉もあった。

規則40 の義務の免除(waiver)申請に対する認定基準は各NOC(日本ではJOC)に委ねられているが、今回の直接的ではないにせよ、ノンスポンサーとそのキャラクター(それは Nintendoであり、そのSuper Marioと誰もが想起できる)をオリンピック資産と直接・ 間接的に関連付けること(アンブッシュ・マーケティング)が許されるかの如く安倍総理大臣が 2020 年東京大会に向けて世界に間違ったメッセージを発信していることになる。直接的でさえなければ、想起できる範囲までアンブッシュに寛容であるというメッセージである。

USOCからアンブッシュがらみの警告を受けて近頃意気消沈気味のソーシャルメディアの住人たちは、日本は総理大臣からしてAbe Mario なんだからJOCはUSOCと違って、うるさいことはきっと言わないだろうと思うかもしれない。

ノンスポンサーが公式スポンサーであるかの如く他者に印象付けるマーケティングこそ、IOC が禁じるアンブッシュ・マーケティングである。Abe Marioをして、事実そのような印象付けが行われたことになる。それでは、巨額なスポンサー料を払ってまで公式にスポンサーシップを獲得しようとする企業は立場がない。

そんなカネさえない中小の企業や個人の事業主からすれば「あのうまくやったNintendoに続け」ということになる。各国首脳や海外からの観客まで、あの企業、あの商品などと直接的ではないにせよ十分にある人々にとっては想起できるようなコスプレで2020年東京大会の開会式に詰めかけてもOKなんだろう、と想像する向きもある。そのコスプレ姿のまま五輪会場でカメラに映りこんで世界中に発信されれば、それなりの広告宣伝となる。そうなったら何でもありだろう。

商業主義五輪からの脱却と、1984 年ロサンゼルス大会以前のアマチュアリズムへの復古を 2020年東京大会に向けてアピールしようとするのであれば、五輪憲章規則40へのチャレンジとして今回の大胆なパフォーマンスは評価できようが、安倍総理大臣はそんなつもりは毛頭ないだろう。今の商業主義五輪は安倍政権の後ろ盾たる電通がサマランチと作り上げた巨大なビジネスモデルだからである。

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家電製品や産業工作機械の組み込みOS分野で、国産OS且つ世界覇権を狙える位置にある ITRON(トロン OS)でなく、なぜゲーマーやサブカルチャー御用達のソフトウエアとコンテンツを国家戦略のように持ち上げるのか?大いに疑問だ。

市場経済のメーンストリームでなかろうと一億の日本国民をこの先食わせるには十分な市場だと考えて最初からニッチな世界観を振り撒いているのだろうか?「日本はこんなに素晴らしい」と自画自賛・夜郎自大さに万国民が共鳴する程、世界の価値観は狭くない。やはり、ジャラパゴスなのである。その解散を外国メディアに説明するのに、「ビートルズが解散するようなできごと」と 言わなくてはわかってもらえない、「世界に一つだけの花」の小ささである。

安倍総理がご執心の「水素燃料自動車」も、「カジノ特区構想」も、霜降り高級ブランド牛で農業製品輸出拡大などと言うのも、最初から需要を限った「世界に一つだけの花」である。そんなコチョコチョしたニッチさでどうやって TPP の大海・荒波を泳げと国民に言うのだろうか?ただ 「チャンス」と言うばかりで、溺れないだけの巨視的なビジョンやデファクトとなる確信がない限り政治家・経済人は TPPを言うべきでないだろう。「一億の日本国民をこの先食わせるには十分」を言うなら、食糧自給も含めて内需中心の政策に転換すべきである。

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Abe Mario の道化ぶりは、アップルやテスラのような先進的なイノベーションに最初から道を譲るかの如く、マリオやドラえもんといった過去の空想科学のお花畑(ファンタジー) に逃げ込んでいる、としか私には見えなかった(「あんなこといいな♭・できたらいいな♭」 の世界)。土管というワープ装置まで用意されていれば、一貫性や脈絡のなさの象徴のようにも映る。

OSあってのソフトウエア。1980 年代に国産汎用OSでの世界覇権を断念した(米国からの政治的圧力で断念させられた)日本である。今再び「ソフトウエア」を狙うと世界に宣言するのなら、組み込みOSとその上のソフトウエアでの世界覇権しかないだろう。それなら、筑波大学あたりからそのOS を基にした人工知能ロボットか産業ロボットの一体でも借り受けて、彼/彼女に、2020 年東京大会へのホスピタリティを語らせたり、演じさせたりすれば良かったのである。

あるいは、機械翻訳に特化した産業日本語の経済・産業・学術分野での普及による国際発信力の強化であろう。アニメ・マンガの中の日本語をいくらそれらコンテンツと共に輸出しても、その需要者は限られる。市場は広いようでいてその裾野は狭い。それではメジャーに経済・産業・学術を発信できない。

村上春樹氏の小説作品が世界でほぼ同時に翻訳刊行されるのも、産業日本語を意識した構文を採用しているからとされる。

次回開催国として、安倍総理大臣があの場でプレゼンテーションを行うのなら、Abe Marioなどではなく、産業日本語で 2020年東京大会へのホスピタリティを語り、その言葉があらゆる言語に同時機械翻訳されて画面に"スーパー"されれば、これこそSuper MarioならぬSuper Abeであろうし「クール」であったろう。OSがソフトウエアの言語であれば、究極の言語は国語である。その言語体系を経済・産業・学術に限って「オープンソースとする」と宣言してこそ、2020 年への開明となる。「日本はソフトウエアを世界に発信します」が産業日本語を介した情報 (ソフト)の垣根のない受発信の意味であって欲しかった。構造改革とはこういうことを言う。

何を以てソフトとするかを知る村上氏。その結果、彼と価値観を共有する読者は世界中にいる。ノーベル文学賞は近いとされる所以である。斯様に各分野で産業日本語の使い手を積極的に増やす方が、マリオのような仮想世界のキャラクターを数百作ってゲーマーのうつろぎな心をつかむよりその市場も裾野も影響力も比較にならない広さ・大きさとなろう。キャラクター頼みの日本発信は所詮小手先、限りがある。安倍総理自体がそのキャラに変身するようでは何をかいわんや、である。

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芝居の世界では「軽業的な手法を用いた演出。大道具・小道具の仕掛け物や、宙乗り・早替りなど」という意味で、「外連味(けれんみ)」と表現することがある。Abe Marioを大いに楽しめた人には「外連味たっぷり」なのだろう。先代市川猿之助よろしくあっと驚くような仕掛けで、東京大会を最大限印象付けたというところだろうか。

しかし、芝居の世界を離れて、一般社会で「外連(けれん)」とは 「他人の気を引いたり、自分を正当化したいための、おおげさで不自然な言動。ごまかし。 はったり。」という意味で、褒められたことではない。その否定表現「外連味がない」とは 「ごまかしやはったりがない」「真っ当・常道」という意味になる。英語ではトリックスター(trickster)が相当するだろう。これにも「外連」と同じような両義があり、法や秩序の破壊者・一貫性を欠く矛盾、が悪い方の意味となる。

一国の総理大臣が「外連」に終始し、「真っ当・常道」を忘れる姿に心配になる。

これは五輪に限ったことではない。「異次元」なる不自然な金融の世界も、他者の意見を忖度せず「この道しかない」という自己正当化も、「アンダーコントロール」なる原発事故へのごまかしも、国民の虎の子である年金を株式運用に充てて長期的に運用益があるかのはったりで、そのジツは官製相場を創出しようとすることも、そして Abe Mario なる他人の気を引くばかりの演出も、「外連」と言うが相当である。

今回のリオ・オリンピック、主役は個々の競技選手であって五輪旗を手渡すのも受け継ぐのも彼らでなくてはならない。競技選手に代わって受けとるとしてもそれは小池新都知事の役割。それでこの場は終いにすれば良い。それが「真っ当・常道」というものだ。

それらをすべて総括するかのAbe Marioであることの異様さ・外連さに我々は気付くべきである。競技選手一人一人の場を、安倍総理大臣一人に集約されては良いものか?競技選手たちもここは自分たちのフィールドであると声を上げるべきであった。

(おわり)

追記:

東京新聞朝刊(2016年8月27日)「東京五輪 理念なき狂騒」
「安倍マリオ」露骨な政治利用 五輪憲章無視、開催資格なし は正鵠を射る記事。
posted by ihagee at 18:50| 東京オリンピック

2016年08月23日

Voigtländer Superb 顛末記 - その2

Voigtländer Superbのミラーとスクリーン(グラウンド・グラス)の交換

ミラーとスクリーンにアクセスする仕方がわからなかったが、
photo.netサイト(英語)で情報を得ることができた。

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(ミラーとスクリーンを交換する前の状態)

Voigtländer Superbはビューレンズとテイクレンズのあるボード及びフィルム室と、スカイライトフードを含むデッキ部分を分離することが可能で、そのためには、ビューレンズを囲んで左右上下にあるネジと、デッキ部分側面のネジを取り外せば良いとのこと。ネジはレザーの下に隠れているので、慎重にレザーを剥がす必要がある。経年劣化が幸いしてレザーは剥がし易い。厚みのあるレザーなのでエタノールを含ませた綿棒を差し込みながら剥がしてネジにアクセスできた。

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ネジは革と接着剤に埋もれていた。幸い、大きなマイナスネジ(チーズヘッド)だったので簡単に外すことができた。

側面にカウンターをリセットする小さなスイッチがある。覆いは小さなマイナスネジ2本で留まっているので、先ずはこれらを取り外す。その下カニ目ネジの金具を外す。

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この状態で福耳のストラップ金具を掴んで上に引き上げるとスカイライトフードごとデッキ部分を取り外すことができる。

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(この状態で、すでにスクリーンが露出している)

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ピントリングと連動してビューレンズを傾斜させてパララックスを補正する機構が確認できる。エンブレム板近くの角に見える部分に支点があるブロックごとビューレンズ(回転繰り出し)・ミラー・スクリーンを傾ける仕組みである。これだけ大掛かりな機構をピントリングと連動させているのだから、ビューレンズとピントリングのヘリコイドが僅かに粘るだけでも相乗して固着し易い。この機構がSuperbの最大特徴であると同時に弱点でもある。私の個体もその状態だった。

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スクリーンのフロント側にドライバーの先を入れてリア側にそっとスライドさせる。ゴムの指サックでスクリーンを摘んで引き抜くと良い。なお、スクリーンのフロント側とサイドは薄い金属のガイドフレームで囲まれているので、ガイドフレームごとスクリーンを引き抜いても良いかもしれない。

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この状態でミラーとともにビューレンズも後ろ玉が露出するので、エタノールを綿棒につけて清掃することが可能。

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元々あったスクリーンを採寸する。

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Rolleiflex SL66の純正のスクリーン(アクリル製・フレネル・センタープリズム付)を採寸通りにアクリルカッターで切り出しておく。

私は手持ちのRolleiのスクリーンを代用したが、手持ちのスクリーン(英語ではground glass, gg)がない場合、マミヤの中古のスクリーンを探して自分で切り出すのが普通であろう。中古でも値段が張るし、新品や良品ともなるとかなり高額である。ジャンクの中判カメラごと買い取ってスクリーンのみ拝借の手もあるが、それではカメラを余してしまう。それなら、新品のggの販売をしているRick Olesonにオーダーする方が良いかもしれない(フレクサレットの記事で触れた通り)。彼は過去Voigtländer Superb用にggを都合したことがあるようだ。photo.netサイト(英語)でも彼の名前が登場している。私からもすでにVoigtländer Superbのggの寸法について情報を彼に提供済み。その通り切り出してくれるだろう(彼の扱うggの方が厚みがある場合は、ガイドフレームに当接する部分を削ってもらうこともできる。逆に薄い場合はガイドフレームとの間にシムを挟むだけなので簡単。)。Rickのサイトでは各種スクリーンがあるのでどれが相応しいか聞いてみると良いだろう。支払いは彼のメールアドレス宛でPayPalで決済可能。料金は送料入れて1万円以内。

ミラー交換に取りかかる。ミラーは先端と側部の3箇所でガイド(爪)で留まっており、後端にコルク片が楔として入っていた。

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(新旧ミラー・新しい方は装着するまで保護フィルムを剥がさないでおく)

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スクリーンを入れるが、この時、ガイドフレームにあらかじめスクリーンをセットしてフレームごと差込むようにする。その際、センタープリズムの凸部が下向きになるようにする。センタープリズムの部分のみ厚みが違うので、ガイドフレームを先にセットしてから、スクリーンを差込むとフレームの端がプリズム部分に触れて傷が付くからである。

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あとは、外したと逆の手順。

ミラーとスクリーンを交換した甲斐があって、視認性が高まった。が、遠望側でピンが合っていないことに気づく。センタープリズムの厚みでわずかにビューレンズの焦点距離が変わったためだろう。ピントリングのヘリコイドも固着気味なのでここはテイクレンズごと外してみようと思い立った。

これが間違いの元だった。次回に続く。

(おわり)
posted by ihagee at 19:22| Voigtländer Superb