2020年11月21日

サイアノタイプ - その109(引き伸ばし機)




銀塩プリントの代替手段としてサイアノタイプの可能性を本稿ではテーマとしている。

アナログのデータソース(アナログフィルム・乾板)に記録されている情報をそのまま紙に焼き付けること、一般的なコンタクトプリントでは難しい階調や細部の表現にチャレンジすること、その過程はシンプルで且つ費用がかからないこと、そして過去の資源(フィルムなど記録媒体・引き伸ばし機など暗室用品)を再利用できることに理があると勝手に思っている。

感光剤を紙に塗布する段階でいくつか工夫を施すことでプリントに深みと奥行きを与えることができるということも次第に判ってきた。

----

1860年代に創業し英国ビクトリア朝時代、当時の王室や著名人(チャーチル、オスカー・ワイルドなど)を顧客にソーシャルフォトグラファーとして名を馳せたHills&SaundersのHarrow-on-the-Hillスタジオで撮影された希少な写真乾板(5x7インチ)を偶然手に入れた。
s-l1600.jpg

s-l1600-1.jpg

(タグのある乳剤面を上にスキャンしたもの)

No. 15783の被写体はMrs Williamsで撮影年度は1898年とある。同スタジオでは再注文(ダゲレオ又はアルビュメンプリント)に備えて被写体毎に番号で乾板を分類管理していたようである(番号簿はネットで公開されている)。

蒐集家 Tim Boswell氏の下にあった数万枚のアーカイブスは同氏の新たな事業の資金調達の為に2016年2月頃全て売りに出されたようである(ネット資料)。手に入れた乾板はその一部であろう。

----

手に入れた乾板は横向きのポートレイトの顎に一部剥離がある以外は概ね状態が良い。またフィルムと比較して乾板は銀を多く含むので引き伸ばし機のプリントでは階調を整えやすい。

しかし、5x7インチ(13x18cm)の乾板は、私の昭和11年(1936)製乾板用ハンザ特許引き伸ばし機(Anastigmat F=125, 1:6.3)の手札判サイズ(8×10.5cm)原板枠に収まらない。
46708452325_11bde62e56_k.jpg

手札判以上のサイズでは枠を使わず直接乾板を枠穴に差し込めるが、その場合は全体をプリントすることはできない。バストアップのプリントを作製した。

1 (37).jpg

1 (36).jpg


Cotman Water Colour Paper (B5/ Smooth)に約五時間露光しジャスミン茶でトーニングを施した。乳剤面を下にしたので上掲の乾板とは鏡像となる。

1 (34).jpg

(テクスチャーに変化を求めて、豆乳でプリコートしその上に感光剤を塗布した紙にプリントした例)

凛とした面差しはこの時代の人物写真に概ね共通する。Mrs Williamsもその一人だった。

----

赤外線(熱線)や有害な紫外線(UV-B)を含む白熱球光源や太陽光と比較すれば、UV SMD光源(50W)の照射(露光)は長時間であっても乾板にダメージを与えない。乾板はコンタクトプリントが可能な大きさなので、太陽光を用いてプリントしたくなるがこれは乾板にダメージを与えるので止めた方が良い。

(おわり)


posted by ihagee at 09:42| サイアノタイプ

2020年11月20日

神のみぞ知る(西村康稔・経済再生相)



経済成長感じない人は「よほど運がない」。

"麻生太郎・財務相(発言録)政権の安定があったからこそ、これまでの経済成長がずっと継続性を持たせられたのは間違いない事実であって、5年前より今の方が悪いという人は、よほど運がなかったか、経営能力に難があるか、なにかですよ。ほとんどの(経済統計の)数字は上がってますから。(吉田博美参院幹事長のパーティーのあいさつで)"

以上、朝日新聞デジタル 2018年4月17日報 引用

----

「感染がどうなるかっていうのは、本当に神のみぞ知る……」。政府で新型コロナウイルス対策を担う西村康稔・経済再生相は19日夜の記者会見で、今後の感染者数の動向をめぐり、こう語った。「これはいつも、(政府の分科会会長の)尾身(茂)先生も言われています」と付け加えながら。

以上、朝日新聞デジタル 2020年11月19日報 引用

----

”自然災害の範疇であれば、社会的に許容せざるを得ないリスクというものも存在するだろう。火山・地震・活断層・台風など。しかしそれら(原発事故)を「運命」とあっさりと住民に諦めさせるならそもそも政治も行政も要らない。運・不運でかたづけるなら神仏の世界である。”

拙稿:運・不運でかたづけるなら神仏の世界

----

感染極大期に関わらず火に油を注ぐかのGoToキャンペーン。そのキャンペーンの当事者(菅政権・与党)は感染拡大のトリガー(きっかけ)を敢えて想像しないかに、コロナウイルスに感染する人は「よほど運がない」かに「神のみぞ知る」などとサラリと言ってのける(「尾身(茂)先生も言われています」などと、分科会の文脈を政治の方便に利用する)。

異次元金融緩和による粉飾経済(アベノミクス)は我々国民を鉄火場に連れ込み遊び人の「ツキ」に喩えるかに「運がない人もいる」と言い、そしてGoToキャンペーンも同様に国民を弄ぶ。「政治は結果」と責任を取るべきを、神を持ち出して「運」とか言い出すようではもはや政治ではない。

GoToキャンペーンで救済に躍起の飲食・観光業だけがこの国の経済ではない。特定の業界に特定の国民しか恩恵を受けられない特恵を与えるために莫大な税金を使うことは税使途の公平性に著しく欠ける。なぜ国民一律に現金給付を行わないのか?せめて寒空の下、住む場所を失わないで済む「公助」を国民に等しく欧米並みに講じるべきであろう。それを自助・自己責任と突き放し、片やGoToに拘ることは何かしら別の思惑や利害が菅政権・与党にあるとしか思えない。

感染極大にもかかわらず、火に油となるようなことを菅政権はやっていながらその結果責任はことごとく個人に押し付け(「静かに食事」など個々人の行動様式に問題を帰する)、挙句に「神のみぞ知る」などと早々に政治的に予防線を張って今から責任逃れに終始する。神を持ち出し感染も「運命」と諦めさせるその油を注ぐ所業も天災同様の神の仕業なのか?いつから政権は神に成り代わったのか?

「感染のきっかけに違いない」と日本医師会も含め国民の大多数が反対するGoToキャンペーンを敢えて強行する菅政権の姿勢に、確信犯的に感染を広めようとしている、又は、何か別の意図があるのかと疑いたくなる。自国民に対するジェノサイド、高齢世代の合法的な姥捨なのだと言う識者もいる。その通り、高齢層の感染死亡者が増大しつつある。

そして来年は東京オリンピックで「ラッパが高らかに鳴る」(安倍晋三氏)だそうだ。科学を捨て神仏の世界に生きるしかないこの国の成れの果ては「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知して戴く」<森喜朗元首相の神の国発言>。

過去の時代のグロテスクな精神主義が政治権力に三度化体し国民に歴史の轍を踏ませる。先人が失敗したことと同じ失敗をまた繰り返すのである。歴史に学ばずそんなことをやすやす許す我々国民に「国民、クオリティー高い」(麻生太郎・財務相)はけだし至言かもしれぬ。なにせ "世界に冠たる"(Deutschland über alles)「ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ」(同氏)ゆえ不幸なりに辻褄は合っている。

(おわり)


posted by ihagee at 04:05| 日記

2020年11月18日

信義か公約か?



国際信義とは、COVID-19禍およびそれに連鎖する世界的経済恐慌に各国と連携しながら専念対応することである。オリンピック開催という国際公約よりも遥かに重大且つ喫緊な信義則であることは明白だろう。ゆえに「(開催権を)返上」することには大きな意義がある。・・・IOCは経営的に今を取る(中止)可能性が高い。それでも尚「延期(開催)」とする場合、その条件として日本政府に開催不能となった場合の金銭的補償を求めるかもしれない。ギャンブルをするツケはそれを希望する開催都市および政府ということになる。胴元は損をしないというのがIOCビジネスだからだ。その胴元たるIOCと米国企業は深く利害を共にしている。(拙稿「延期という無責任・返上という国際信義」)

----

開催機運が盛り上がらないばかりか、中止となる・中止すべきだ、との世論の高まりに不安と焦燥を感じたのかIOCのバッハ会長が来日した。

「良い模範であることの教育的価値、 社会的な責任、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする。」(オリンピック憲章「オリンピズムの根本原則」から)

この一文に照らしても、オリンピックの「今」担う社会的責任とは開催という国際公約ではない。科学的確証もなく「打ち勝った証(としての開催)」などと向こう見ずな勝ち鬨を「今」上げることが良い模範である筈もない。「オリンピズムの根本原則」に「今」を照らせば、オリンピック・ムーブメントはその活動を8ヶ月後の開催ではなく、現下のCOVID-19禍に直接向けるべきであろう。スポンサー企業から集めた協賛金をウイルス禍で活動も儘ならない各国スポーツ団体への支援・援助に直ちに当てることなどは言を俟たない。国際信義は後者に加担する。

----

「倫理規範の尊重」ではIOC、開催都市、オリンピック関連団体およびスポンサー企業は公然と脱法(違法)行為(商標法)を行っていることは、すでに国会での質疑応答で明らかでもある(2019年3月20日参議院法務委員会)。公益性の裏面たる商業主義の要を成すライセンス活動に違法性が問われていることは、自身弁護士でもあるバッハ会長は知る立場にある(「バッハIOC会長への手紙(原文)」「バッハIOC会長への手紙(参考和訳)」。知っていながら違法状態を看過することは「犯罪」となり得る。

「この違反行為に対して、・・・脱法行為的説明でごまかしている間に、法律改正して合法化しようとしているそのやり方、政府の対応はおかしいですよ(小川敏夫議員(立民)」

関連記事:「大問題:スポンサーに対するオリンピック関連商標使用許諾は商標法違反
東京新聞・特報記事「IOC商標登録・過剰規制の恐れ/商店街「五輪」使えない?
オリンピック関連登録商標の異議申立と違法ライセンス疑惑の狭間で(5):IOCファミリーによるアンブッシュ・マーケティング規制の不毛(柴大介弁理士)

----

「多くのフェイクニュースが流れていたが、疑念は払拭された(森喜朗大会組織委員長)」

2019年3月20日参議院法務委員会で明らかになった違法ライセンス問題はどうなのか?違法状態は解消されておらず、違法性は一切払拭されていない。

そもそも、脱法(違法)行為も許されるオリンピックとは何なのか?倫理規範の尊重がオリンピック憲章の根本原則なら、法のモラルすら守らないオリンピック自体、その原則に自家撞着している。ゆえにウイルス要因の有無に関わらず本来「中止しなければならない」。それこそ、法に遵って我々が口にすべき信義ではないか?

(おわり)

追記:商標法を後付けで改正することで、違法行為(違法ライセンス)を遡及的に「合法化」することはできず、改正法前のライセンス行為は違法であり、サブライセンスはその前後に亘って今も違法状態が継続している。違法ライセンス活動は刑法上の犯罪を構成する。

”専用使用権の設定禁止(商標法30条1項但書)及び、商標権の譲渡・移転制限(商標法24条の2第2及び3項)は残るので、法改正前になされた、ライセンス契約と違法ライセンスに伴う違法事態は、合法化されることなく今後も違法状態であることになります。特に、オリンピック関連登録商標をサブライセンスしている場合、非営利公益団体のライセンス禁止条項の有り無しに関係なく、違法ですので、大きな問題は法改正によって全く解消しないことになります。”
オリンピック関連登録商標の異議申立と違法ライセンス疑惑の狭間で(2):非営利公益団体の著名登録商標は何故ライセンスできないのか?」から抜粋。

”そして、この改正商標法の施行に合わせて、特許庁が、「公益著名商標に係る通常使用権の許諾が可能となります」と、関係者にアピール声明を発信しました。この、実に正直な声明により、改正商標法の施行前になされた「公益著名商標に係る通常使用権の許諾」行為、即ち、IOCファミリーが長期間、大規模に展開した、オリンピック関連登録商標(公益著名商標)のライセンス(通常使用権の許諾)活動は違法であったことが明確になりました。”
オリンピック関連登録商標の異議申立と違法ライセンス疑惑の狭間で(5):IOCファミリーによるアンブッシュ・マーケティング規制の不毛」から抜粋。
(特許の無名塾:五輪知財を考える(弁理士:柴大介))

posted by ihagee at 03:30| 東京オリンピック