2017年09月24日

<家族主義の美風と大政翼賛>(自民党憲法改正草案第24条第1項)



前川喜平・前文科次官が安倍政権の愛国教育、親学を痛烈批判! 室井佑月に立候補を薦められた前川氏の答えは…(リテラ)記事(後編)を読む。

前川氏は
『(安倍政権の家庭教育支援法案の)その背景には日本の復古的な家庭教育、そして「親学」がある。「親学」は、「家族が大事なんだ」という考え方でもある。私は個人主義だから個人が社会の単位だと思っていますが、しかし親学は“家族が社会の単位”という考え方です。個人であることよりも家族の一員、一族の一員であることが大事だという。この家族主義的考え方は、じつは、戦前の国体思想でもある。戦前の教育勅語で示されている考え方です。そして、そのベースには家父長制の家制度があった。そこでは親孝行こそ最大の美徳になる。家族なんだからという理屈ですべてを吸収してしまう。そして日本国は、大きな一つの家族だ。その本家の本家の総本家が天皇家で、辿れば天照大御神。すべての国民は天照大御神の子孫であり、天皇家の分家の分家の分家だ、みたいなね。こうして「孝」と「忠」が一本につながる。こういう家族国家観に基づく教育が安倍さんが進めたい道徳教育なんだろうと思います。』と語っている。

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以下の拙稿を再度掲載したい。私は前川氏と全く同じ意見である。

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5月3日は憲法記念日。
『共同通信社は29日、憲法施行70年を前に郵送方式で実施した世論調査の結果をまとめた。日本が戦後、海外で武力行使しなかった理由について、戦争放棄や戦力の不保持を定めた「憲法9条があったからだ」とする回答は75%に上った。9条の存在とは「関係ない」は23%だった。9条改正を巡っては必要49%、必要ない47%で拮抗した。安倍晋三首相の下での改憲に51%が反対し、賛成は45%だった。(中略)家族の互助を憲法上の義務として盛り込むことには81%が「必要ない」とした。(東京新聞電子版2017年4月30日) 』

憲法改正是非について世論は拮抗しつつも(設問の内容が不明だが)、現行憲法第9条の歴史的役割について肯定的に評価する声は圧倒的に多いようだ。70年間、わが国が海外で武力行使をしなかったという事実は、憲法第9条を除いて説明することは不可能だろう。

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大多数が「必要ない」と回答した「家族の互助を憲法上の義務として盛り込むこと」については、神戸新聞NEXT(2017年4月30日)が『憲法で「家族」規定必要?自民草案に疑問の声』という記事を掲載している。「家族」「互助」「義務」を憲法に盛り込むことについて、「なぜ?」といった唐突感が一般的な受け止めかもしれない。「必要でない」理由は何かとはっきりとは言えないが何となく嫌な感じがするという程度の「なぜ?」なのだろう。その程度の認識でいると、家族主義が<美風>であるとイメージ操作されると我々は途端に受け入れてしまう危険性がある。これは「共謀罪」では拒否反応を示しても、「テロ等準備罪」と枕詞があれば簡単に納得してしまう民意の低さ・脆弱さと同じことで、我々はもっと真剣に賢くなければならないと思う。

「家族の互助を憲法上の義務として盛り込むこと」については、「家族や地域に責任が投げ返されている。『自助』を強調する流れは既に始まっており、24条改憲草案と軌を一にしている」といった意見のように国は社会保障の責任を家族に押し付けようとしているという解釈や、「家族が助け合うというのは、個人的には私も賛成でございます。しかしそれは道徳であって、道徳を憲法の中に持ち込むべきではないと思います(2013年6月13日衆院憲法審査会での河野太郎衆院議員発言)」といった解釈があるが、

私は以下に記すようにそれらとは異なった見方をしている

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自民党が2012年にまとめた憲法改正草案の第24条に家族の互助を義務とする内容の第1項が新設されている。

その第1項は、
“家族は社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない”

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家族の互助を憲法上の義務として盛り込むことについては、同じく草案の第13条に盛り込まれている「個人」の否定(拙稿『「個人」か「人」か(憲法第13条)』)と合わせて考える必要がある。なぜなら現行憲法の理念の核心は「個々の国民が個性を持った存在であり、かつ幸福に生きる権利を持っているという普遍的な考え(小林節慶大名誉教授)」であり、その考えが凝縮されている憲法第13条を見直し且つ家族の互助を憲法上の義務として盛り込むのが改正草案だからである。

個人として尊重される(現行憲法第13条)」を「人として尊重される(改正草案第13条)」と改めることによって、国民は「絶対的に尊重される」から国家との関係で「相対的に尊重される」とする。これは現行憲法の理念の核心の否定であるばかりでなく、「家族」を国家(「社会」に擬制している)と相対して存在する単位とし、その単位の互助(家族の構成員同士の互助だけでなく、異なる家族同士の互助も含むとも解釈される=後述)を「なければならない」と義務化しようとするのが憲法改正草案の第24条第1項であれば、「国家が人の人格的生存を侵すのは国家の誤作動。国家が人権に対していくらでも条件をつけることができてしまう(小林節慶大名誉教授)」<国家主義>への大転回であることに気付かなければならないだろう。

憲法改正草案の第24条第1項の家族の互助を義務とする内容には、「国を維持するためには自分に何ができるか」に基づいて<家族>を単位として国のために何ができるかを<義務>として課す考え方(自民党憲法改正草案起草者・片山さつき議員『私達の基本的な考え方』)がその底に横たわっているということである。



これは、憲法によって本来縛られるべきが「国家」であり「国家権力」であるのに、その憲法を改悪して、「国家」「国家権力」が「個人」の生存する権利を縛るという大転回(革命)を企てていることに他ならないだろう。「国家=国体・政体」という<国家主義的>図式があからさまになる。

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その図式は過去の暗い歴史の一点に明々白々と存在しており、我々はあらためてその図式を学習しなければならない。

例えば、

大阪朝日新聞「家族制度と選挙権」という社説(昭和15年12月7日)には、
『わが国特有の家族制度を尊重する建前から、大政に万人が翼賛する単位を家とし家長を通じて万民翼賛の臣道をつくすという主旨であり、その限りにおいて何人も異論をはさみ得ざるところであろう。(中略)すなわちわが国伝統の家族主義の美風を大政翼賛の部面に生かすのは、主旨において何人も異論を挟み得ざるところとして、これによって種々派生する問題に対し、あらかじめ十分の用意と準備を必要とする点を強調するのである。』



戦前(戦時下)の家族制度・家族主義についての公論が述べられている。「わが国伝統の家族主義の美風を大政翼賛の部面に生かす」ことが主旨であるということだ。これは上述の「国を維持するためには自分に何ができるか」(自民党憲法改正草案起草者・片山さつき議員)にある<家族>を単位として国(「社会」と擬制している)のために何ができるかを<義務>として課す憲法改正草案の第24条第1項の内容と極めて符号するものだ。

<国家主義><国体・政体>とその為の<家族主義の美風>が、いかなる結果を招いたのかは歴史が示す通りであり、戦後敢えて憲法に「家族の互助を義務として盛り込むこと」をしなかったのは、その過去の反省の上に立つからである。

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<家族の互助>が一つの家族の中の構成員同士の互助を越え隣同士の互助を表向きに、「万人」が翼賛するための国民統制のためにつくられた地域組織が<隣組>であり、

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国民動員体制の中核組織<大政翼賛会>であり、天下・全世界を一つの家のように解釈する思想が<八紘一宇>(自民の三原じゅん子議員が参議院予算員会において質疑とは無関係に「八紘一宇は日本が建国以来、大切にしてきた価値観である」と述べたことは記憶に新しい)



であった歴史を知れば、憲法改正草案第24条第1項の「家族の互助を憲法上の義務として盛り込むこと」は「大政に万人が翼賛する単位」としての<家族>をその目的に据えているのではないかと疑ってかかる必要がある。その<家族>に課される義務の最たるは<戦争>協力であれば、戦争放棄や戦力の不保持を謳う憲法第9条は邪魔だという理屈になる。

嫌韓・嫌中の偏執的ともいえる政治的スタンスから外交的努力の一つもせず、"外敵"と脅威を煽るだけ煽り、「テロの脅威」「核兵器の脅威」から憲法第9条は時代遅れ・邪魔だという空気を作り上げることに安倍政権は余念がない。

憲法改正推進を訴える超党派議連会合に出席した安倍首相は「憲法改正へ歴史的一歩踏み出す」と述べたそうだが、国民(立法府たる国会)が主体的に発動するならともあれ、行政府の長に過ぎない内閣総理大臣が率先して改憲を民意を得た政策の如く発表すること自体、三権分立無視の憲法違反(本人は自民党総裁として自党の政策綱領として言っているつもりだろうが・・)。憲法に縛られるべき者が憲法を縛りにかかる逆転に我々は余りに寛容に過ぎるのではないか?「歴史的」といいながら過去の「歴史」を勝手に忘れてしまう首相に憲法を語る資格は全くない。

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(「戦争に負ける」と言っただけで隣組に密告され治安維持法違反で父は3度も警察へ・作家 半藤一利氏(86歳)「過去は常に現在とつながっていて、断ち切れるものではない。歴史はうるさいからといって勝手に忘れてしまってすむ話ではない。」)

官邸がメディアを総動員し勝手に忘れるように世論を誘導(捏造)すれば、「家族主義の美風を大政翼賛の部面に生かす」こともいずれ公論となり、「国が敗れることは同時に自分も自分の家族も死に絶えることだとかたく思いこんでいた。(伊丹万作「戦争責任者の問題」)」と、万人はまたも簡単に騙されることになるかもしれない。

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「家族の互助」をあたかも「美風」のように吹聴すれば、多くの人々は、それ自体は「良いことだ」とその風になびくことだろう。安倍政権・自民党はこの手の輿論づくりはとても周到だ。

その言葉の裏に「大政に万人が翼賛する単位を家」とすることまで「私達の基本的な考え方」と言い出しかねない自民党憲法改正草案起草者が存在することを忘れてはならない。

そして「これによって種々派生する問題に対し、あらかじめ十分の用意と準備を必要とする点」の通り、「特定秘密保護法」、「テロ等準備罪(実質、共謀罪)」を含む「組織犯罪処罰法改正案」、「緊急事態条項」などで万人の耳目ばかりか口も塞ぎ手足も縛る準備が着々と進められ、その進捗を如実に表すかの如く、報道の自由度ランキングは安倍政権下では歯止めなく落下している。これが安倍首相の理想とする「美しい国」なのだそうだ。

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「一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。(伊丹万作「戦争責任者の問題」)」

(おわり)

posted by ihagee at 16:20| 憲法

2017年09月18日

そもそも「百万本のバラ」なのか?



アラ・ブガチョワの「百万本のバラ」は1980年代に加藤登紀子が日本語(自身訳詞)でカバーし、貧しい絵描きの純情と叶わぬ恋の歌として広く知られている。

小さな家とキャンバス 他には何もない
貧しい絵かきが女優に恋をした
大好きなあの人に バラの花をあげたい
ある日街中の バラを買いました

百万本のバラの花を あなたに あなたに あなたにあげる
窓から 窓から 見える広場を 真っ赤なバラで うめつくして

ある朝彼女は 真っ赤なバラの海をみて
どこかのお金持ちが ふざけたのだとおもった
小さな家とキャンバス すべてを売ってバラの花
買った貧しい絵かきは 窓のしたで彼女を見てた

百万本のバラの花を あなたは あなたは あなたは見てる
窓から窓から見える広場は 真っ赤な真っ赤な バラの海

出会いはそれで終わり 女優は別の街へ
真っ赤なバラの海は はなやかな彼女の人生
貧しい絵かきは 孤独な日々を送った
けれどバラの想い出は 心にきえなかった

百万本のバラの花を あなたに あなたに あなたにあげる
窓から 窓から 見える広場を 真っ赤なバラで うめつくして
(加藤登紀子訳詞)




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しかし、作曲も作詞(ラトビア語)も歌い手も全てラトビア人の手による『Dāvāja Māriņa(マーラは与えた)』が原曲であることを知っている人は少ない。


(『Dāvāja Māriņa(マーラは与えた)』)


ソ連モスクワ出身の詩人、アンドレイ・ヴォズネセンスキー(Андре́й Андре́евич Вознесе́нский)がラトビアの歌謡曲をソ連邦版(ロシア語版)とすべく、歌詞を全く違うものに置き換えて、プガチョワがヒットさせたのが「百万本のバラ」という。

しかし、元の歌詞は以下の通り、マーラなるラトビア古来の女神の教えをメタファーとして綴られた祖国愛(ソ連支配からの解放・回復)であり、「百万本のバラ」なる恋歌などとは全く違うことがわかる。

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子供のころ泣かされると
母に寄り添って
なぐさめてもらった
そんなとき母は笑みを浮かべてささやいた
「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」

時が経って、もう母はいない
今は一人で生きなくてはならない
母を思いだして寂しさに駆られると
同じ事を一人つぶやく私がいる
「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」

そんなことすっかり忘れていたけど
ある日突然驚いた
今度は私の娘が
笑みを浮かべて口ずさんでいる
「マーラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」
(訳詞:黒澤歩)

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ラトビア語の歌詞は、ロシア帝国・ソ連邦と常に大国によって支配され続けてきたことへの諦観の中のただ一つの拠り所(マーラ)を明かしている。

ところで、ヴォズネセンスキーの「百万本のバラ」に登場する「貧しい絵かき(加藤登紀子訳)」はグルジア(サカルトヴェロ(Sakartvelo.ogg საქართველო)・国際表記では「ジョージア」)の画家、ニコ・ピロスマニ (ნიკო ფიროსმანაშვილი 1862-1918)がモデルだとされている。

「百万本のバラ」はその歌唱とともにもっとも世間一般に膾炙された加藤登紀子の訳詞によって、貧しい絵描きの純情と叶わぬ恋の歌と我々は理解している。しかし、別訳(例えば、以下)ではソ連邦崩壊の足音を予感させるメッセージがこの「百万本のバラ」の歌詞にも秘められていると思う。

信じてくれますか ひとりの若者が
小さな家を売り バラを買いました
信じてくれますか 嘘だと思うでしょう
街中のバラを あなたに贈るなんて
 
バラを バラを バラをください
ありったけのバラをください
あなたの好きなバラの花で
あなたを あなたを あなたを包みたい

バラを バラを バラをください
百万本のバラをください
ぼくの ぼくの ぼくのこの命
あなたに あなたに あなたに捧げましょう

貧しい絵描きの僕に できるのはひとつ
何もかも捨てて あなたを思うこと
誰も知らない 心のささやきを
花びらに添えて あなたに贈りましょう
(松山善三訳)


(歌:仲代圭吾=俳優仲代達矢氏の実弟)


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「信じてくれますか」「嘘だと思うでしょう」は加藤訳にはない。
ヴォズネセンスキーが「百万本のバラ」で「ひとりの若者」にピロスマニをイメージしているのであれば、ピロスマニの生き方をある意味で重ねることができるのはこの別訳の方かもしれない。もしかしたら、松山善三氏が訳詞を超えてそこまで求めて創作した部分があるのかもしれない。

グルジアという呼び方自体がロシア風であり、ラトビアと同様に帝政ロシア〜ソ連邦〜ロシアと常に大国によって支配され続けてきたサカルトヴェロの歴史がある。

「グルジアを知ることはピロスマニを知ること」はシェンゲラヤ監督の言葉で、「放浪の画家」はロシアの画壇を中心とする中央社会からの見方であって、ピロスマニ自身は何一つ変わっていないことがその映画作品『放浪の画家ピロスマニ』では描かれている。この点は拙稿(「フレクサレットからティッシーを経てティヒェーに至る話」)で触れた「孤高の隠遁者」ミロスラフ・ティッシー (Miroslav Tichý)と同じかもしれない。彼の生きたチェコスロヴァキアもソ連邦によって抑圧蹂躙された国家だった。



「その"報われない恋"から名曲『百万本のバラ」が生まれた」なる配給会社なりのキャッチコピー的なクレジットが入るが、私はちょっと違うと考える。

「"報われない恋"などではなく"今は一人で生きなくてはならない"ことこそ我々が知るべき主題(『Dāvāja Māriņa(マーラは与えた))であって、サカルトヴェロもラトビアと同じこの主題を共有している」ということではないだろうか。それは別歌詞で生まれた「百万本のバラ」にイメージされたピロスマニが奇しくも両国民に主題の橋渡しをしているからだ。

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ピロスマニを映画で描けば『放浪の画家ピロスマニ』となるように、音楽で描けばスルハン・ナシゼ(სულხან ნასიძე 1927-1996)が1977年に作曲した交響曲第5番(ピロスマニ)となる。


(カヒッゼの名演(拙稿「ロシア機墜落で失われたもの」))


ソ連邦下のグルジア(サカルトヴェロ)の大作曲家であったナシゼの20分足らずの曲で、時折繰り返される喧騒にあっても巻き込まれることなく自分の足音に耳を傾ける主題がある。それは明らかに"今は一人で生きなくてはならない"にあるように聴こえる。

この主題は今日、われわれにも突きつけられている。そう実感する社会である。

(おわり)

posted by ihagee at 13:42| 音楽

2017年09月16日

Canon AL-1 - 虫眼鏡(単玉)レンズ(その9)



Canon AL-1と自作レンズで相変わらず撮り続けている。

曇天続きの少しも夏らしくなく今年は夏が終わった。
黒目川岸(朝霞台)と難波田城公園(富士見)で秋をいくつか撮影した(9月8〜9日)。

スライドプロジェクターのP-Rokkor 2.5/75mmレンズ(Chiyoko P-Rokkor 2.5/75と同じ)と、ビクセンのポケットルーペ P45N(3.5倍率)を各々使った自作レンズ(PLフィルター共)を用いる。フィルムはFujicolor 100、Fuji Superia Premium 400。なお、スキャナーはEPSON GT-X980を用いトリミング以外に修正は行っていない。

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8月の幾度かの大雨による増水で黒目川の川岸もかなりダメージを被った。景観が整備され市民の憩いとなっている朝霞台辺りの川面も荒れている。岸辺の花々も元気なく雑草に埋もれた状態。

夕刻の西日を背に何枚か撮る。

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三枚の写真、前の二枚はポケットルーペ P45N、後の一枚はP-Rokkor 2.5/75mm。フィルムはSuperia Premium 400。後者のスライド・プロジェクターレンズは背景のボケ方に特徴が出ている。逆光にキラキラと反射する花びらをアウトフォーカスに置くとそういう絵となる。P45Nの方はしっとりと溶けた感じだ。

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いずれもポケットルーペ P45N、フィルムはSuperia Premium 400。

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先の二枚はポケットルーペ P45N、後の一枚はP-Rokkor 2.5/75mm。フィルムはSuperia Premium 400。

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鳥よけの風車が西日に照らされてクルクルと回っていた。

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(ポケットルーペ P45N / Superia Premium 400)


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富士見の難波田城公園では観月の催し。

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(ポケットルーペ P45N / Superia Premium 400)


古民家の竃から煙が立ち上っていた。親子が蒸籠で米を蒸して月見団子を作っていた。薪の芳しい香りが一面に漂う。

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(いずれもポケットルーペ P45N / Superia Premium 400)


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(いずれもP-Rokkor 2.5/75mm / Superia Premium 400)


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梅雨の時期は行田蓮が美しかったが(作例)、紅白の睡蓮が咲き競っていた。

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(いずれもP-Rokkor 2.5/75mm / Superia Premium 400)


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へちまの簾の下はひんやりと涼しい。

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先の一枚はP-Rokkor 2.5/75mm、後の一枚はポケットルーペ P45N。フィルムはFujicolor 100。

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(いずれもポケットルーペ P45N / Fujicolor 100)


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(いずれもポケットルーペ P45N / Fujicolor 100)


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綿が弾け、彼岸花が咲き出した。

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(いずれもポケットルーペ P45N / Fujicolor 100)


日毎に秋が深まってきた。

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Canon Photopressoにストックフォトを出品販売中)


(おわり)





posted by ihagee at 07:43| Canon AL-1