2019年10月17日

商標「五輪」はIOCのもの?(思考停止した特許庁)





”4月12日(金)朝刊第一面記事(「五輪」商標取り消しを 東京の弁理士、IOC登録に異議)に引き続き、4月14日(日)朝刊「こちら特報部(見開き一面記事)」内に関連記事が掲載された。

先に私も触れたように(拙稿『IOCの登録商標「五輪」についに異議申立』)、IOC自身が過去何の管理も行わず自らも俗称として使うこともせず「誰でも自由に使える公有のもの(パブリック・ドメイン)」にしてきた「五輪」(文字)に商標権付与を以って独占させることは、商標法の対象の拡大解釈・商標法の公序良俗違反に当たるとして、特許庁に「五輪」の商標登録取消を求める異議申立を東京在の弁理士が行った。”
東京新聞・特報記事「IOC商標登録・過剰規制の恐れ/商店街「五輪」使えない?」
オリンピック関連登録商標の異議申立と違法ライセンス疑惑の狭間で(6):『五輪』商標登録に対して異議を申し立てた理由

(以上、過去記事引用)

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上述の登録商標「五輪」(文字標章/登録番号第6118624 号)に対する異議申立は世間一般の関心を呼んだようである。なにしろ、我々庶民が日頃親しんで使っている日本語「五輪」(オリンピックの俗称)ゆえ、それがIOCのものとするお上の査定(商標法上)・・に対して、違和感が噴出するのは道理であろう。日本語文化圏でもなければ況してや「五輪」という文字もその意味も知らないIOCが(北海道新聞がIOCにこの点を問い合わせたところ、「(わからないので)大会組織委員会に聞いてくれ」という素っ気ない回答がIOCからあったようだ)なぜ、日本語「五輪」を独占できるのか?特許庁はなぜ、読売新聞の紙面上の略字として使われて爾来80余年の間に誰のものでもなく公有化した(パブリック・ドメイン)「五輪」を今になってIOCだけのものと判断したのか?公有状態でないと明確に判断したのか?

異議申立については、その後、申し立てた弁理士に特許庁から異議決定通知が送達された。結果は、全ての異議理由が退けられて(実質、思考停止・判断放棄・でっち上げ)、登録は維持。つまり、商標「五輪」はIOCのもの、という特許庁(行政府)の最終判断である。

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異議決定通知の内容については、申し立てを行った弁理士の記事を参照されたい。(「オリンピック関連登録商標の異議申立と違法ライセンス疑惑の狭間で(号外):異議決定通知→ 特許庁は判断を実質放棄」)

”どの異議理由も、特許庁が正面から取り組めば、腫物の傷が開いて膿が大量に吹き出すようになっていたのですが、特許庁も馬鹿ではないので、腫物には一切触れずに、空虚な維持理由が書かれています。特許庁は判断を実質的に放棄したといってよいでしょう。”(「知財テーマブログの最新記事:オリンピック関連登録商標の異議申立と違法ライセンス疑惑の狭間で(号外):異議決定通知→特許庁は判断を実質放棄」)

”(特許庁は)異議申立人の主張していないことをでっち上げて、それを否定するという、いわばマッチポンプのようなことをしているのです。”
オリンピック関連登録商標の異議申立と違法ライセンス疑惑の狭間で(11):『五輪』異議理由1に対する特許庁の判断

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思考停止(公有状態で有るかどうかの判断を行わなかった)・でっち上げ(マッチポンプ)が、異議決定通知の維持理由に如実に表れているという。

政治ばかりか、行政にまで思考停止とでっち上げが及んでいる。司法はどうなのだろうか?「五輪」に対する無効審判(知財高裁)がその試金石となるだろう。

国民が総じて思考停止となり、立ち止まって考えたり、引き返そうとすることもなく破局へ一気に突き進んだ時代が重なって見える。2020年のオリンピックがその時代の合わせ鏡となるのだろうか?登録商標「五輪」が我々に問いかけている。

(おわり)


posted by ihagee at 03:45| 東京オリンピック

2019年10月15日

台風19号(続き2)







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”(・・・)再利用されないという点で論点のすり替えがある。その主語は人間と決めてかかっている。しかし、先年の東日本豪雨での大洪水、そして今も続く熊本・大分を中心とする地殻変動・地震などを主語にすれば、日常生活を営む場所に焼却・埋め立てした処理廃棄物が流出・移動することぐらい想定の内である。ガラスで固化するなどもせずに灰にして埋めたモノなど簡単に土や水に混ざって環境に<再利用>される。想定できることも敢えて想定しないという前提で誤りはないとする官僚の無謬性である。”(国家ぐるみの壮大な「粉飾決算」

フレコンバックの山はそこにある。その山を映さない。だから彼らにとっては「無いも同然=風評」なのだろう。”(東京五輪までの虚飾

”「痛みを分かつ」は心情的に国民に膾炙され易いが、こと原発事故に限れば「痛んだ所に抑え込む」しかないのである。つまり<防曝>のスタンスに立って年間被ばく線量が5ミリシーベルト以上の地域は人間の生活圏から遠ざけ(=人間がその地域から立ち退き)、その意味で棄地となった土地を国が収用管理することしかない。具体的には事故原発を中心として福島県太平洋側沿岸地域をその土地とし放射性廃棄物の集中管理処分場にする政治的決意が求められる。原発由来の核のゴミを全土に分散管理し続けるのは現実的に不可能な上、自然災害などで予測不能に漏洩すればそれこそ日本中が副次的な放射能汚染の脅威に晒されることになる。特に地下水脈が至るところに走る日本では、どんなに深く埋めても廃棄物が水に触れて放射性物質が環境に漏洩する可能性が高い。地下水脈が汚染されれば人間の生活圏は根こそぎ奪われることになる。”(原発事故がもたらす過酷な時代を生きるには

”放射性廃棄物を地上処理しようとしたり、笑っていたら取り憑かれない・近寄りなさい・仲良く共存しなさいと、国民に「アンダーコントロール」の旗を振らせ、「この国は神の国であるぞ(日本会議)」と精神主義で打ち勝ちなさいと宣う我が国の政府。”(100,000年後の安全

”東京電力福島第一原子力発電所の未曾有の産業事故に由来する放射線公害は収束の目処一つなく今も間断なく続いている。「アンダーコントロール(安倍総理)」どころか、8000 ベクレル/kg以下の放射能汚染土壌を農地などに利用する・680基の放射能タンク汚染水を海に放出する、といった計画を国は着々と進めようとする。どこが「アンダーコントロール」なのだろうか?生活環境にばら撒いてしまった後はコントロールのしようもない。つまり、ばら撒いた後の挙動については「知り得ません」は管理と言えるのだろうか?ただ単に「管理し切れないのでばら撒きます」と同じことなのではないのか?”(安全神話を鵜呑みせず、自分で考えることの重要性

翻って、安倍首相の「アンダーコントロール」の一言は内外に向けたあからさまな印象操作だった。つまり、わが国の事故はチェルノブイリのそれとは全く違うと政治的に嘘をつき装うことにあった。「実害」を前提とする<防曝>のスタンスは取らず、「除染」「帰還」でわが国民は汚染に立ち向かえると国際社会に宣言した。「今この瞬間にも福島の青空の下、子どもたちはサッカーボールを蹴りながら、復興と未来を見つめている(安倍首相)」と「青空」ありき、子どもたちに<防曝>の選択肢すら与えない言葉はあまりに酷過ぎる。

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原発事故がもたらす過酷な時代を生きるには

”原発行政を絡めて話すことが不謹慎となるなら、「人間の尊厳保持」が人ではなく国に資することを意味している。桜田氏の発言となんら変わらない思考をしていることになる。国家の威信の前に、一人のガン患者ばかりでなく、数万人単位の人々への嘘がその先数千人単位の被曝による死をそうと悟られずに黙認されていく。西尾氏のように正直にモノを言う人々が嘘をつき続ける人々によって「風評被害を広めた・不謹慎である」と叩き壊される。”(いつまでも「うそつきロボット」で良いのだろうか?

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台風19号にあえて原発行政を絡めて話す。

「アンダーコントロール」=想定できることも敢えて想定しない

水害のみならず。

(おわり)





posted by ihagee at 03:43| 日記

2019年10月13日

台風19号(続き)



台風19号が去った。河川氾濫・土砂崩れなどかつてない水害を関東から東北各県にもたらした。刻々明らかになるその甚大さはこの国の地政学的課題がいかに治水にあるかあらためて思い知らされた。それは河川管理もさることながら、国土面積の約3分の2を占める森林土壌の保水力=涵養機能(緑のダム)の課題である。

木材生産目的の為の人工林(育成林)は森林の41%を占める。人工林(育成林)は常に人の手を入れなければ樹木の更新がなされない。住宅や家具などの資材を供給する産業化された森林ゆえに下層植生(地表の多様な植生)がなく、その産業上の需要がなくなり人の手が入らなくなれば、雨滴による土壌侵食を受けやすく、森林土壌の保水力=涵養機能は著しく損なわれる(緑の砂漠)。

国土保全の観点から、森林は第一義に社会資本であり、経済原理に徒らに委ねてはならない。それは保水力=涵養機能(緑のダム)を果たす田畑も同じである。

都心は幸いにも深刻な氾濫に見舞われることがなかった。それはダムや水門など高度な水防=河川管理のおかげであると思いがちである。他方、甲信越・東北各県で水害が多発した。それらの地域の緑のダムが緑の砂漠となってはいないかなどと、経済原理の恩恵に浴する都会人は思いを致すことはないだろう。

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台風19号一過、自宅から車で30分程度、荒川域の難波田(埼玉・富士見市)に向かった。以下はSigma DP2Sで撮影。

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のどかな荒川河川域の田園風景は一変。湖面と化していた。

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埼玉県営秋ヶ瀬公園は見る影もなく水没(秋ヶ瀬橋から撮影)。荒川第一調節池としての本来の役目を果たしたとは言え、あまりの変容に目を疑った。近くのさくら草公園、彩湖公園も水没。緑豊かな公園として人々が再び憩う日はいつになるのだろうか?


(音声無し・Muson MC2 Pro1(JP-MC2-MU)で撮影)

(おわり)

posted by ihagee at 20:29| 日記