2019年06月16日

サイアノタイプ - その79(引き伸ばし機)



SMDのUV光源を使ったサイアノタイプの続き(引き伸ばし機:昭和11年(1936)製の乾板用ハンザ特許引き伸ばし機 / Anastigmat F=125, 1:6.3)。

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サイアノタイプは従来、階調(ラチチュード)の幅が狭く緻密な表現を求めるには限界があるとされてきた。それは太陽光又はUV露光機を用いたコンタクトプリント(密着焼き)の場合だろう。それら強いUV光を使い数分の露光且つ露光面が視認できない状態での焼き付けのコントロールは難しい。ゆえに潰れを防ぐ為にコントラストが低いデジタルネガを作成する必要がある。結果はメリハリの大きなプリントとなる。つまりメリハリ=明暗比(明るい部分・暗い部分の明暗の差)を大きな画を作ることが従来のサイアノタイプだった。露光の過程のコントロールが難しい為、予めネガに所望の結果が得られるような細工をするわけである。

本稿のサイアノタイプは銀塩写真と同様、引き伸ばし機を用い、しかし時間をかけて(数時間)弱いUV光で露光する為、従来の方式では得られなかった緻密な階調の再現が可能となった。アナログネガをそのまま用いることで、元々記録されている情報を最大限引き出す過程はコントロール可能である。室内光(明々と照らさない限りの)の下で露光面を視認しながら作業ができるからである。反面、従来の方式でのメリハリの大きな画は得られない(元のネガがそうなっていない限り)。

ネガが赤外線写真の場合はそのまま結果に反映する為、以下のような画が得られる。

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(ジャスミン茶でトーニング)

しかし、そうでない場合は平板な画になり易い。いくら階調(ラチチュード)を拡張したからといっても、銀塩のそれには遠く及ばないからだ。そこで、プルシャンブルーの鉄(III)イオンに他の色素を沈着させ色調を整えるトーニングを行う。

私の場合、ネット上の知恵に基づき、ジャスミン茶でトーニングを行ってきた。インク色に近いブルー・ブラックは青写真ぽさがなくて好みということもある。ジャスミン茶でのトーニングは鉄(III)イオンへのタンニンの沈着を目的としているので、紙自体を染めるものではない。

紙も染めるとどうなるのか?そこで、コーヒーでのトーニングをさらに試みることにした。こちらは紙の繊維も染まる。コーヒーを使った繊維のトーニング(染色)の場合、染め付きを良くする為に豆乳に繊維を予め浸すとネットで教わり、この方法も併せてみた。

豆乳はブリックパックのもの(無添加)を買い求め、vif Art B5 (H.P. surface)にスポンジ刷毛を使って塗布した。豆乳自体は白色なので光にかざさない限り、塗り目は判らない。マグネットを付けた鉄クリップに塗布した紙を挟んで扇風機の風で乾燥(扇風機のガードにマグネットが吸着)。

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乾いたところにサイアノの薬剤をスポンジ刷毛で塗布し同様に扇風機で乾燥。

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(豆乳のアンダーコートの為か薬剤が不均一に塗布されているかに見える)

前回記事で紹介した写真乾板(6.5 "x 4.25")を再び、乾板用ハンザ特許引き伸ばし機にかけて早速露光。アンダーコート分露光時間を長くした(六時間)。

水洗、薄い漂白液に潜らせて、トーニング処理に入る。クッキーの空き缶の蓋をパッド代わりにし水を満たしインスタントコーヒーを大さじ5杯ほど放り込み、調理箸を乗せて浮き上がらないようして浸けること約一時間。引き上げ水洗し、ミョウバン液に潜らせ、再びコーヒー液に浸し三十分。水洗し、ここで水で希釈したオキシドールをスプレーし水洗い。

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オキシドールを最後にスプレーすることで、鉄(III)イオン部分の発色を高め染色したその他の部分とのメリハリを付けた。乾燥させると発色や質感が失われるのがサイアノタイプの欠点なので(いわゆるドライダウン)、湿り気を若干残す程度に乾燥後、百均の水性ニス(艶あり)をスポンジ刷毛で塗布した。

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質感や発色を持つマチエール(絵肌)は実際にプリントを目で見た場合のことで、スキャンした平面画像では判らない。何とかその感じを表そうとしたのが上の画像だが、伝わっただろうか?スキャナーでは無理なので、斜めからカメラで撮影した。

同様に、別の古い写真乾板でも仕上げる。

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鶏卵紙の本格的なプリント(albumen)(拙稿「明治31年・32年・34年・函館」)とは到底比べようもないが、マチエールはそれに似た感じになった。

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別の写真乾板での例(以下・ただしスキャン画像)。豆乳とコーヒーをそれぞれ薄めて適用した。

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全体の質感はジャスミン茶でのトーニングの場合(以下)と比較しても良い(あくまで主観)。

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タンパク質(豆乳)を繊維に浸み込ませることで、発色を安定化しコントロールできるのは従来技術だが、これを本稿のサイアノタイプにも応用可能と判った。

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(アンダーコートの無い部分では紙の繊維が染まらず、サイアノの元々の発色が残っている。この差を表現として利用すると、作例のように汚れた=ウェザリング(weathering)画にすることもできる)

(おわり)


posted by ihagee at 13:13| サイアノタイプ

2019年06月13日

ソ連邦崩壊に学ぶこと・統制経済と統計改竄



ソ連邦崩壊時(1991年)、連邦ロシア共和国を仕事先の一つとしていた私の職場でもその経済崩壊の混乱ぶりは今でも思い起こすことができる。取引先企業(国営)では従業員たちが勝手に書類や鍵を持ち出し、あたかもその正当な承継者かのように装ってドル建ての請求書を送りつけてきたものだ。

ソ連の経済体制の崩壊は数字でもすぐに西側に明らかになった。つまりソ連時代、国家統計として公表されていた数値はことごとく都合良く改竄されたものだと。

例えば、「工業生産が(1917年から1987年までの)70年間に330倍に増加し、国民所得が149倍になったことを裏付けるような計数はまったく存在しない。ところが、ほかならぬこうした数字がソ連邦国家統計委員会の統計年鑑記念号に載っている」(ロシア科学アカデミーのクードロフ博士「1991-1993年ロシア経済状況の統計と判断」(1994年1月))、「1928 年から 1985 年までにソ連の生産国民所得は 6.6 倍にしか伸びていないのに対し,公式統計ではこれまで何と 88.83倍であるとされていたから,そこには実に約 13 倍もの開きがある」(ハーニンとセリューニンの推計・福田 亘著「計画の大失敗」の体制論的考察より)、等々。

統計を改竄し実態よりもよく見せることが長年常套手段となっていたが、その改竄ぶりが予想を大幅に上回るとの推計結果が次々に出されたのは、独裁体制が弱体化してから(ゴルバチョフ)のことだった(グラスノスチ(情報公開))。

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経済統計の改竄はスターリン時代から始まった。

統計にたずさわる官僚の最初で最後の抵抗は、1925/26年の穀物・飼料バランスの統計値について、中央統計局局長(パーヴェル・イリイチ・ポポフ)がスターリンに宛てた書面かもしれない。ここでポポフは自らの立場を明らかにしている(全ソ連邦共産党第14回大会)。

統計はその時々に望まれる数字を与えることはできない。それは現実の客観的な研究のための資料を与えるものである。それは生活を反映する数字を与えるものである・・・ソビエトの統計は研究室を離れては機能しなく、その作業のやり方はその知識を得ようとするすべてのものに知られており、作業は大勢の統計家の共同作業の結果である・・・統一された方法、統一プログラム、統一作業計画、これがソビエトの統計の特徴であり、その資料の良質さの源泉はここにある。 それを嘘といって非難するものは、根拠なく嘘呼ばわりする前に、この方法とプログラムを読むなり理解するなりすべきであり・・・」

1926年の初めに,ポポフは中央統計局長の職を解任される。

(以上、Uロシア国家統計の150年,ロシア連邦国家統計の75年 『統計通報』誌1993年第5号 〔佐藤智秋訳〕)

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金融庁審議会が6月3日に発表した「高齢社会における資産形成・管理」の報告書で、「老後20〜30年で最大2千万円の不足額が発生する」など、年金だけで生活することが厳しい実情が明かされた。その内容に各方面から批判の声が殺到していたが、報告書をまとめるよう諮問した麻生金融担当相がその受け取りを拒否するという事態に発展した。さらに、12日、記者から予算委員会での集中審議について問われた自民党の森山国対委員長は「この報告書はもうないわけですから。なくなっているわけですから。予算委員会にはなじまないと思います」と、一度発表した報告書の存在を黙殺し、報告書に係る予算委員会集中審議は今後行わない方針を示した。

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「統計はその時々に望まれる数字を与えることはできない。それは現実の客観的な研究のための資料を与えるものである。それは生活を反映する数字を与えるものである・・・それを嘘といって非難するものは、根拠なく嘘呼ばわりする前に、この方法とプログラムを読むなり理解するなりすべきであり・・・」(前述)

「(報告書は)冒頭の一部、目を通した。全体を読んでるわけでない。」(麻生金融担当相)

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ポポフのスターリンに宛てた手紙の最後。
「あなたの義務は、その同じ高い演壇から私の手紙を発表するか、あなたの主張は現実に一致しないということを言明することであり」

スターリンはポポフの手紙を無視し、以後歴代政権は統計改竄を続け、遂にソ連邦は崩壊した。歴史は教えてくれる。

安倍政権下の経済を浜矩子同志社大学教授は「統制経済」と評する。上述の話に沿えば、レーニンのゴエルロ・プラン(計画経済)はスターリン時代に「統制経済」に変化した。

「あれは計画経済ではなく、統制経済、切符配給制度」(経済学者・ネムチーノフ)

都合の良い数字ばかりがやたらと並ぶあたり、安倍政権には数字を自在に操るテクノクラート(技術官僚)が付いているのだろう。彼らを従える最高指導者はフルシチョフとブレジネフを除いて全て文系というところも自民党歴代総裁・総理大臣に共通し、テクノクラート・テクノクラシーの台頭・政策決定への影響力の大きさは、安倍政権と官僚の関係と相似する。

「一般にテクノクラートと生活者は、極めて異なった視角から問題をみているように思われる。テクノクラートは、諸々の利害の全体の考量と調整を自己の課題とし、それゆえ政策の『体系的整合性』の必要性を強調し、すべての利害・要求を『部分的』なものとみなし、これらを『全体的』文脈のなかで相対化する。」「これに対して被害者住民たちは、自己自身が直接的・具体的に感受する切実な利害・要求を行動の原点におき、それゆえ自己のかけがえのない要求の正当性を主張し、その実現にむかって努力する。」

「過去の防衛(軍事)関係の技術官僚は、その暴走により科学技術の競争のための場として、戦争を選択することがあり・・」

辺野古の米軍基地問題、イージス・アショア配備問題等々、生活者とは全く異なった視角、そして防衛産業と自衛隊の関係は我が国の武器産業の国際競争力強化に突き進んでいる。安倍政権は2014年4月、戦後の平和国家日本が堅持してきた「武器輸出3原則」を47年ぶりに全面的に見直しした「防衛装備移転3原則」を閣議決定した。「武器」を「防衛装備」と言い換え、「輸出」を「移転」と言い張ることで、それまで原則禁止していた武器輸出を解禁した。武器輸出を解禁するということは、日本が世界の紛争当事国となるリスクが避けられない。(Litera 2016年9月3日付記事引用)

和平の仲裁者として表向き中東外交を展開する安倍総理だが、ユーロサカリ(世界最大の武器見本市・パリ)では三菱重工や日立製作所など日本企業12社を集めた日本ブースで武田防衛副大臣(当時)が小銃の引き金に指をかけ銃口を人に向けていた(2014年6月16日)。紛争地を求め武器を売り込みやがては紛争当事国となって「戦争を選択することがあり・・」は現実味を帯びている。



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「統制経済」に話を戻す。
「統制経済」とは、
国民経済の内部または国民相互間の個々の市場的経済活動に一般的な規制ないし干渉を与えて統制すること。民間団体などによる自主統制もあるが,主体は主として国家で,この場合,一般には,財政政策,金融政策などによる間接的な介入は含まず,生産,消費,輸出入価格などに対する直接的な制限のみを意味している。代表的なものは戦時中における価格,消費,配給などの統制である。日本でも第2次世界大戦中生産力の増強と需給の調整を目的とした経済統制が行われたが,各種の企業に対し許可制をしき,商業活動の多くは公共機関,または統制組合により行われたため,多くの中小商業者が転廃業し,営業自由の原則は大いにそこなわれた。

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統制経済に統計改竄が必要だった。その挙句がソ連邦崩壊。この図式は安倍政権下の我が国に当てはまるのではないだろうか?「その時々に望まれる数字」ばかりを並べ、国民の主張ではない「わたくし(安倍総理)の主張」ばかりを掲げ、官製相場で実体経済を歪め・・、公文書は棄てる・隠す・黒塗りすると、旧ソ連邦並の統制ぶり。グラスノスチ(情報公開)で全てが明らかになるのはいつなのだろうか?暗澹たる気分である。

(おわり)

追記:
金融庁が作成した「報告書」。国民個人の金融資産(貯蓄)を投資(相場)に誘導する目的で書かれた。年金制度の崩壊(厚労省自身認識している現実)を国民に突きつけることでこの流れを勢いづかせたかったのだろう。株価吊り上げの為に日銀は年金基金を国内株式市場に投入しアベノミクスの統計数字を「作り出してきた」。その基金が足らなくなったからと今度は国民の貯蓄に手を伸ばし鉄火場に我々の将来を投げ込もうとしている。「報告書」は「年金で老後の生活をある程度賄うことができる」という政府見解と相違すると自民。しかし、貯蓄から投資へというアベノミクスの原理にこの報告書は全く齟齬していない。年金制度に個人投資なる「自己責任」を持ち込み、制度保証の責任から政府が逃れようとする姿勢がはっきり現れている。カジノ(賭博)をアベノミクスの成長戦略の一つなどと言うところからして「生活者とは全く異なった視角」。ゆえに年金を投資の問題にすり替え、責任まで国民に押し付けることができるわけである。国家の威信に関わる原発事故ですら防曝を目的とした法律(チェルノブイリ法)を作り風下の住人の命を守ろうとした旧ソ連政府。渋々であろうと威信よりも最後は「生活を反映する数字」を取った(グラスノスチ)。かたや、威信の為には数字をいじり、事故原発周辺に住民を帰還させ、国民の生命・財産をリスクに晒す我が国の政府。冷酷非情なのはどちらだろうか?
posted by ihagee at 19:12| 政治

2019年06月12日

奇譚「黄泉交通」(その5)


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(7)

「眩しいくらいの禿げ茶瓶ですね、お客さん」

「なんせトレードマークだからな。タダの禿げとチャうよ。カネかけて磨いてるんだ。それよか、客乗せたら行き先とっとと聞けよこの薄らバカ!俺が誰だか判ってて、そういう口の利き方するんだぁ、ふぅん。お前、パヨクか?」
「申し訳ありませんが、お客様という以外、あなた様がどなたかなどわたしにとってさほど興味はありませんので。」
「お前なぁ、時の人に少しは興味を持てよ!だからいつまで経ってもこんなつまんない仕事するっきゃないんだよ。それにな、お前、さっきから写真を頂きませんとなどと、ウダウダ抜かすがそんなモンあるわけないだろがぁ。」
「行き先は写真を頂いてからという決まりになっておりまして。いや、ありますよ、その中に。」
運転手はミラー越しに客の膝へ視線を投げた。

「新書のことか?何だ興味があるんじゃないか。」
「乗り込まれる際にカバンから出して表紙にサラサラとサインしているのをお見掛けしましたもので。」
「そうさ、俺はどこでも取り巻きがいるからな。二・三冊は持ち歩くが、好みの女と見ればタダで進呈しているわけ。」
「で、残りは大概、永田町の贔屓筋に買ってもらっているわけですね。税金で。いずれブックオフのワゴンに放り込まれるということでしょうがね。私もささやかなれど、買わせていただいたということになります。」
「一々ケチつけやがって。まぁいい。進呈しろ、ってか。そうか、表紙の写真が欲しいんだろ。だったら、表紙だけくれてやる。お前の納めた微々たる税金分だ。」
「ありがとうございます。それでどこに向かえば良いのでしょうか?」
「写真のところに行けばいいんだよ。この目で確かめて続編を書くんだ。」

アクセルを踏み込みすぐに急停止した。
「ここまでです。その禿頭のせいかお客様は老けて見えますが、私よりも十はお若い。八十五で免許は自主返納ですので、その最後の日まで務めさせていただきました。」
「ここで降りろってか?」
「申し訳ありませんが、ここで降りてこの先をお歩き下さい。三十歩ほど歩かれればもう十分でしょう。わたくしはしばらく待っておりますから。」

やがて男が戻ってきた。
「おい、凄いぞ。あの方は希代の名宰相だったことが証明された。皆、生き生きとしておった。お前のようなパヨクは一人もおらんぞ。百歳超えても社会で現役の年寄りがうじゃうじゃいてな。働いているせいか壮年のように若々しい。あのミンスの暗黒時代と違って、世の中全てバラ色に輝いてな。驚くな!北方領土ばかりか尖閣諸島も日章旗が翻ってな、朝鮮半島は丸ごと日本国領となっておったぞ。過去も将来も所詮我が国に併合される国なんだよ。慰安婦だの徴用工だのほざいていたがこういうことさ。何といっても年金など貰わなくても百まで元気で生きていける、そういう丈夫で豊かな国になっておったよ。俺も両腕に北欧の美女が絡みついて、百歳にしてアッチも現役じゃった。」
男は自慢げに背広のポケットからスマホを取り出し、画面を運転手に見せた。

「自撮りですか?あれ?頭に毛が生えてますよ。それもボサボサに」
「何だこれは!俺じゃないぞ。猿じゃないか!何枚か撮ったんだ。間違って映りこんだんだろう。」
男はスマホを一振りした。
「これもですか?今度はお客様のようですが、外国人みたいに瞳が真っ青ですよ。口紅塗ってどういう趣味ですか?」
「俺は生粋の日本男児!なんでトランスジェンダーなんだよ!撮った際から確認したんだ。こんな筈じゃない!」
「こんな筈って?では、どんな筈なんですか?」
「そんなのこの本に書いてある筈に決まってるじゃないか!」
「表紙だけしか戴けませんので中味は存じませんが。」
「人生百年、百歳社会だよ。」
「その筈を売って今大儲けされているわけですよね。その筈は三十歩先では人工知能がしっかり役目を担って稼いでいたようですね。特異なキャラだけスキャンされて仮想空間を彷徨って。」
「だからと言って、猿や青い目のおカマになる意味がわからん!」
「勝手に修正されてしまうことも、人工知能はちゃんと学習していたわけですよ。歴史修正主義者だとね。その結果をご自身の変態として今、目にしたわけです。残念ながら生身の人間じゃなくてAIの創造した3Dのアイコンですがね。」

スマホに顔を埋めたまま男は息絶えていた。

「こんな筈じゃなかったなどと気付くのは大抵死に際ですから。百年も騙せませんよ。八十五は嘘。七十五で車を止めさせていただきましたからね。それもお客様が突然死される数分手前で。それに、いくら頑張っても七十五までしか運転はできません。では、車をバックして蘇っていただきましょうか。」

「ふぅ〜」スマホから顔を上げ頭をしきりに撫でながら「過去に行け、過去に。山中さんも乗せてな。そこで遺伝子をいじればふさふさになる夢を見た。」
「お客さん。このタクシーはバックできますが、そこで自分を都合よく変えたりはできませんよ。筈だ何だと言って逃げ水を追う振りでもして今儲けるしかないじゃないですか。あの希代の名宰相に倣ってね。」
運転手は男を降ろすと、その日の運行日誌に姓名不詳(享年64歳)と書き込んだ。

「バラ色が見えていたのはあの男が四方で手をつけた女たちだね。人工知能はあの男の筈ばかりか女たちの筈まで学習して見せていたのかもしれんな。慰謝料ってことか。時代を問わず、念の強さは男よりも女の方が勝っているということか。それにしてもあの顔は酷かったが、よほどボサボサにしたかったんだね。毛猿になるとは。スキンヘッドがあっち系とAIに間違われたんだね。北欧の美女が何たらは、あの男の妄念だろう。AIも心優しいところがあるんだね。アイコンタクトだけは許したみたいだ。」

(つづく)

タグ:黄泉交通
posted by ihagee at 17:57| 小説