日本国の経済成長戦略の観点で、安倍政権は武器輸出原則禁止から、条件を満たせば認める方向に踵を返した。重石としてばかりでなく、殺し合いに最終的に調整を求める戦争にもその武器は使用される。
防衛産業の育成。防衛産業が成長戦略(アベノミクス)の一丁目一番地と安倍政権では位置付け、菅政権にもそのままこの位置付けは継承されている。
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防衛産業が成長戦略(アベノミクス)の一丁目一番地であるなら、軍事(技術)研究も学問の自由の内(橋下徹)などと他の諸学と同等に言うことは正しくない。内閣府の機関たる日本学術会議にあって、軍事(技術)研究を「(自由意志で)するしない」といった「学問の自由」などではなく、「しなければならない」という国民が果たすべき義務となる。憲法第23条(学問の自由)とは別に、憲法第15条1項に専ら拠って日本学術会議の被推薦者の任命拒否を行う権利(義務に対する権利)を声高に言うとは須らくそういう意味がある。
ゆえに任命を拒否するということは、被推薦者が「公務員」として義務を果たさしていない(または果たさないであろう)からに他ならない。その義務が成長戦略たる防衛産業(実質は軍需産業)への貢献である。その妨げになるそれら被推薦者の言論は排除する、が任命拒否となった。任命拒否の正当性を憲法第15条1項で言うことは「学問の自由」云々ではなく、国策に余計な首を突っ込まないような事なかれ主義を「公務員」でもある科学者に強要することである。
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武器を突き詰めれば、人間が自由にできる破壊的力を最大化し人類を恐怖と破壊に追いやってしまう可能性の最たる核兵器となる。あえて極言すれば、核兵器開発に手を貸すことも科学者の良心なのか?日本学術会議は「科学者の良心」を設立の礎にしてきた。
ゆえに軍事研究をする・しないといった「学問の自由」が問われているのではない。「科学者の良心」が問われている。。(「科学の樹」のないこの国の暗愚・続き4)
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秘密特許制度(特許出願の非公開に関する制度)を旨とする経済安全保障推進法が2022年5月11日に成立し、同月 18 日に公布された経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(令和 4 年法律第 43 号。以下「法」という。)において、特許出願の非公開制度が整備された。
民生技術発明の中で安全保障上極めて機微な発明であって公にするべきでない発明については出願公開及び特許査定を留保する(保全指定する)ことで、民生技術発明を軍事など安全保障目的に活用することである。
「科学者の良心」なるテーゼを日本学術会議から剥ぎ取り、「デュアルユース」を国公立大学の研究成果に求めるものとも言える(国費による国公立大学に対する委託事業の成果にデュアルユースを求める)。
科学の社会的価値は先ずは国家の安全保障にあるというスタンスを「特許出願の非公開に関する制度」を以て明確化したわけである。
安全保障の観点を民生技術発明に持ち込み、安全保障と民生利用という「デュアルユース」を特許制度の枠組みを利用して内閣府が取り仕切り、民間の研究成果が戦争あるいは軍事に利用される可能性を意味する。特許制度での発明のあり方に、民生産業の保護育成よりも優位に軍事安全保障上の観点を持ち込み、突如として否応なく民生技術発明を国家が徴用することと言って良い(77条2項の規定による通知(保全指定の解除等の通知)を受けるまでの間は、保全指定特許出願人は特許出願の取下げによる離脱を禁じられる=特許出願を放棄し、又は取り下げることができない。)。
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保全指定を受けた発明の特許出願人及び発明共有事業者には、組織的管理措置(内閣府令第10条(法第75条第1項の内閣府令で定める措置))を講じることが求められる。その管理措置に伴い人的・物理的・技術的要件が保全指定を受けた発明の特許出願人及び発明共有事業者に課される(特許出願の非公開に関する制度における適正管理措置に関するガイドライン(第1版))。つまり、保全指定を受けた発明の特許出願人及び発明共有事業者に発明情報の適正管理措置を法は義務付けている。
さらに過酷なことに、法第 76 条第 1 項は、保全対象発明の内容を知る者の範囲がむやみに広がることを防ぐため、保全指定後に新たに他の事業者に保全対象発明に係る情報の取扱いを認めるときは、あらかじめ、内閣総理大臣の承認を受けなければならないこととしている。したがって、指定特許出願人は、例えば、保全指定中に他の事業者に製造を委託したり、他の事業者と共同で更なる研究をする場合や、弁理士に特許手続の相談をする場合など、保全指定中に事業者単位の枠を超えて、新たに他の事業者に保全対象発明の内容を共有する場合には、この承認を受ける必要がある。
保全指定:
「国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明について保全指定をし、情報流出の防止に万全を期することは、安全保障の確保という我が国の国益に鑑みて重要なことであるが、その一方で、保全指定という措置は、権利者が国内外を問わず発明の内容を開示することや実施することを制約するものであるとともに、第三者にとっては、非公開のまま特許法上の保護を受ける先願を生じさせるものであるため、以下に述べるとおり、経済活動やイノベーションに対する影響にも留意が必要となる。」
(令和5年4月28日付閣議決定から)
保全指定とは、保全審査の結果、発明に係る情報の保全が適当と認めるときは、内閣総理大臣は当該発明を保全対象発明として指定することである(保全指定)(法70条1項)。保全指定の概要は以下の図の通り。
(RESEARCH BUREAU 論究(第 19 号)(2022.12)から引用)
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保全審査の期間に法律上の上限はないものの、実質的には、外国出願の禁止が我が国での特許出願後最大 10 か月(10 か月を超えない範囲内において政令で定める期間)で自動的に解除される仕組みとなっていることから(法第 78 条第 1 項ただし書 7)この期間内に保全審査を終える必要があるとされている。
また、保全審査の実施に当たっては、内閣総理大臣は、発明の内容に応じて、安全保障や対象技術について専門知識を有する関係行政機関への必要な情報提供要請や協議を行い、その知見を十分に活用して審査を行うこととなる(法第 67 条第 3 項、第 6 項)。
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米国特許出願の実務者には馴染みがあることだが、合衆国において行われた発明については、合衆国における出願から6月が経過するまではその発明を基に外国特許出願の許可が得られない(特許法第184条)制度がある(foreign filing license)。これは秘密特許を前提とした国家安全保障上の制度である。
わが国においては2013年に、国家安全保障会議(NSC)、国家安全保障局(NSA)が導入され、2016年3月には、安全保障関連法が施行されたものの知的財産分野においては具体的な対応がなかったことから、内閣府の下での保全審査はいよいよこの分野に及んだということだ。秘密保護法(特定秘密の保護に関する法律)の観点から保全指定の発明が同法による「特定秘密」に指定される可能性までもある。「特定秘密」を漏らした人、それを知ろうとした人を厳しく処罰する方向に働く可能性があるということだ。日米安全保障上の米国側の意向が絡むことから、この伏線を国民に知られないようにとの「配慮」なのか以下のような発言まで国会で繰り出されている。
「秘密特許という制度,これは考えなければいけない.秘密特許というから悪いんですよね.これは非公開特許とかといったらどうですか・・・・1948 年にマッカーサーによってこの秘密特許制度はだめだというふうになったという経緯もあってこれができていない ・・・・ けれども,こういう時代になりました.ここはそろそろ検討されるべきではないか ・・・・」(2018 年 2 月 23 日,衆議院予算委員会第 7 分科会.中谷真一議員(自民)).(「秘密特許制度導入の動きと 科学者・技術者のあり方」から引用)
事実、内閣府は日米安全保障のきな臭さが芬芬と漂う「秘密特許制度」ではなく「特許出願の非公開に関する制度」と言い、特許制度の話に落とし込もうとし、また、大新聞の第一面を埋めるべき重大な話であるのに、知的財産権という狭い分野にのみ関わる問題として知財専門誌に書かれる程度の扱いであることからも、「ナチスの手口」が働いているのだろう。
『「静かにやろうや」ということで、ワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか。』(麻生太郎「ナチスの手口」)
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保全指定の効果として、指定特許出願人に対しては、発明の実施の許可制(法第 73 条)、発明内容の開示の原則禁止(法第 74 条)、発明情報の適正管理義務(法第 75 条)、他の事業者との発明の共有の承認制(法第 76 条)及び外国への出願の禁止(法第 78 条)の制限が課される。こうした制限により、指定特許出願人に特別の犠牲が発生する場合があると考えられることから、法第 80条では、実施の不許可又は条件付き許可その他保全指定を受けたことにより損失を受けた者に対して、国が「通常生ずべき損失」を補償することを規定している。
しかし、出願段階に過ぎない発明の保全指定特許出願人に対して、基本指針案では「損失補償を受けようとする者は、補償請求の理由や補償請求額の総額及びその内訳、算出根拠等を示し、その損失について補償を受けることの相当性を示す必要がある。例えば、実施の許可の申請時の事業計画等を基に補償を請求することが想定される。このとき、十分な根拠が示されていない損失については、補償の対象とならないこととなる。」などと、補償を受けることの相当性の説明責任を課すものでもある。相当性について判断の根拠とすべき算定基準が未だ不明であるのだから、この補償制度は画餅の域を出ない。
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以上の事柄を総覧すると、「特許出願の非公開に関する制度」なる秘密特許制度の民間での経済活動やイノベーションに対する心理的影響は少なからずあるだろう。それよりももっと懸念されるのは戦争遂行の原動力としての「学術」の意義付けと国家による学術への行政的関与であり、「学術行政」の強化に踵を合わせ軍事目的の科学研究に励んだ戦前の「日本学術振興会」に日本学術会議を立ち返させようとする動きである。国費で紐付けられた国公立大学や研究機関も然りである。「特許出願の非公開に関する制度」の射程は安全保障上極めて機微な発明を偶然した民間の事業者などではなく、学術行政の対象となる国公立大学や公的研究機関なのかもしれない。
保全指定が解除されない場合もあり得るわけだし(その場合、保全指定された発明は米国の軍事当局、更には国防総省と関わりが深い米国大企業に取得される虞がある)、解除されるまでは非公開であるのだから「秘密の先行技術」となり得、それを知らない他の出願人にあっては潜在的な主題の重複を避けるため保全指定の発明と自分の発明を区別する機会がなく発明活動(インセンティブ)を弱めることにも繋がりかねない。反面強まるのは学術と軍事との関係である。
知的・文化的価値と経済的・社会的価値との双方にまたがる豊かさの源泉たる「学術」の意味が今まさに問われている。
日本学術会議は 1950 年に「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない決意の表明(声明)」を、1967 年には「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を発出した。近年、軍事と学術とが各方面で接近を見せている。その背景には、軍事的に利用される技術・知識と民生的に利用される技術・知識との間に明確な線引きを行うことが困難になりつつあるという認識がある。他方で、学術が軍事との関係を深めることで、学術の本質が損なわれかねないとの危惧も広く共有されている。(安全保障と学術に関する検討委員会資料から)
(おわり)
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