2017年12月16日

奇譚「黄泉交通」(その4)


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(6)


「写っているのは息子だ。今は俺の下で働いておる。」
スーツに身を固めた角刈りのがっしりとした体躯の伊藤と名乗る男は運転手に写真を手渡した。

「こいつは生まれながら肝臓に障害があってね。長年苦しんできたのだが、去年、念願だった肝移植が叶って何とか助かった。」
「生体肝移植というものですか?」
「いや、脳死肝移植というものだよ。」
「脳死肝移植ですか!よくドナーが見つかりましたね。」
「ドナー提供の意思表示、脳死のタイミング、適応性など偶然と可能性が重なり合わなければできないことだよ。」
「それは僥倖というものですね。」
「そうだその通りだよ。」

「ご用件とは?」
「そのドナー提供者を知りたい。医者も病院もドナーのプライバシー保護とかで教えてくれん。でもな、俺は知りたい。息子の命を救ってくれたんだから当然だろ。ドナーが誰かわかっても決して公言しないから何とかそのドナーに会わせてくれ。」

「ということは、生きておられた時のドナーにですか?」
「そうだよ。」

「移植された臓器には提供してくれた人の心が残っていると俺は思っている。だから、顔じゃなくて、全身が写っている息子の写真を持ってきたんだ。」
「ではその心の導くままに車をバックさせましょう。」

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「車の前を歩いているのがそのドナーです。作業着姿の男ですよ。お降りになられますか?でも決して話しかけたりしてはダメですよ。後を気づかれないように。一時間したら車に戻って来てください。」
「わかった」と言って伊藤は車を降りた。

「若いやつだな。どこに行くのだろうか」と伊藤は後をつけた。
「でもこの街は俺の支部が普段活動している場所だ。」

作業着姿の男は軽トラックの荷台から食料品の箱を台車に乗せて運んでいる。
「おや?あれは俺のところの若いもんたちじゃないか。」

通りの向かいから一群の若者たちが声を上げて迫って来た。
在日=悪、純粋な日本人のための日本国、在日から取り戻せ、などと看板を掲げ、旭日旗を振り回して通りの人々を割って練り歩いている。
「ほぅ、なかなかやっとるわい。俺が見てなくてもあれだけできれば大したもんだ」と伊藤は笑顔になった。

「あっ、気を取られているうちにあの男を見失ってしまったぞ。しまった」と伊藤は腕時計をみるとすでに小一時間経っていた。

「なかなかお戻りになられないので心配しましたよ。」
「すまんね。つい、俺のところのもんに気を取られて見失ったよ。」
「ではドナーが誰だったか、結局判らなかったということですね?」
「そうだ。まぁいい。それよりも帰ったら若いもんたちに褒美をやらんとな。目の届かないところでも立派に活動していると判ったからな。」

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「では戻りましょうか。その前にいただいた写真を貼って」と運転手はダッシュボードから写真帳を取り出した。

「ちょっと待てよ。そういえばこのあたりで作業着の男と言えば、随分前に乗せた覚えがあるぞ」と写真帳を数年分繰って「あ、ありましたよ。この人じゃありませんか?」と写真を剥がすと伊藤に肩越しに手渡した。
「そうだよ!前にまわって男の顔をちらっと見たがこの写真と同じだ。君、この男に覚えがあるんだろ!」

「余白に名前はありませんが、生年月日と没年月日は平成元年11月9日と平成23年4月6日です。」
「平成23年4月6日の翌日の朝に息子は移植手術を受けたから間違いないな。君、この男を車に乗せた時のことを覚えておらんのか?」

運転手は乗務日誌を繰り、該当する記述に従って説明を始めた。

「この青年は私の車に乗って、ご自分の顔写真を渡されました。それがこの写真です。角膜、皮膚に限らず全ての臓器を死後に提供する意思表示をしているが、ドナーとして将来誰かの役に立つことができるのか知りたいと仰って乗車されたのです。」
「なるほど。」

「あぁそうだった。思い出しましたよ。私は大いに躊躇ったものです。なぜなら、その将来をこの車でお見せするということは、いついかなる状況でお亡くなりになられるかを青年にお知らせすることに他ならないからです。そのことも私は告げましたが、青年は動じる素振りは一切なく、知りたいと・・」
「何という立派な考えの持ち主じゃないか!」
「私は、"その日"に車を進め、青年はお降りになられました。」

「いつものように荷台に食品の箱を積んで運んでいたところに、突然車が突っ込み、青年はよけた弾みで電柱に頭を強く打って亡くなられました。その様子をご当人が冷静に見ておられる姿を私は車の中から窺って戦慄を感じたものです。青年は車に戻られ、さらに私にご自身の遺体の行き先まで車を進めるように云われました。」
「それで君は息子の病院まで青年を連れていったということか?」
「いいえ。貴方様の息子さんの病院は東京です。ここは大阪ですから、大阪赤十字病院の前で車を止めました。遺体は大阪赤十字病院に運ばれ、ドナー登録した各部位が摘出・検査され、肝臓のみ息子さんの病院にヘリコプターで急送されたということです。」

「誰に提供されるかも青年は知っていたのか?」
「ご家族に摘出に当たった医師がレシピエント、すなわち、貴方様と息子さんについてはプライバシー保護の為、通常明かすことはありません。しかし、摘出された肝臓には青年の心がありますから、青年はレシピエントが誰だか判ったと車に戻られて仰っていました。役に立ててとても嬉しいと。」

「そこまで判っていれば、青年は平成23年4月6日の事故を避けることもできたのではないのか?」と伊藤は運転手に問うた。
「いいえ。過去と同様、将来も一旦その目にした限りは変えようがありません。この写真帳に没年月日を書いたら最期です。私の背もたれの乗車案内にもあるように、将来の最期の日をお客様が目にした場合はその没年月日を写真帳に書き入れることを私は原則的にいたしません。ほぼ例外なくその通りになるからです。青年もそのことは知っておられました。しかし、あの時は敢えて書いて下さいと。」
「なぜ、書いてくれなどと云ったのだろうか?」
「ドナーとしてご自身の臓器が他人に生かされる唯一の機会だからですよ。それも他人の生死に関わるとなればその日を青年が逃すはずはなかったのでしょう。息子さんにとっての"偶然"はこの青年の"必然"がもたらしたものなのですよ。」

運転手は車を少し前に進ませた。
「平成23年4月11日ですよ。目の前の教会で青年の告別式が執り行われています。」
「ここで俺は降りるぞ。霊位の前に跪いてくる」と伊藤は車を降り、しばらくすると唇を噛み締めうなだれて戻って来た。

「家に戻してくれ、運転手さん。考えるところがある。」

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「ただちに解散だ!街宣活動は一切やめにする。」
伊藤はメールを一斉送信した。

「何が純粋な日本人だ!あるのは人間としての純粋な心だけじゃないか!あの青年のように。日本人だからじゃない。俺は全くなんて愚かな心の持ち主だったのか。人間としての心を息子はあの青年から受け継ぐことができたんだ」と呟いた。

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「あの青年の名前を忘れないうちに余白に書いておかねば」と運転手は作業着姿の男の写真に、田中弘(李樹廷)と書き添えた。

(つづく)

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2017年12月14日

奇譚「黄泉交通」(その3)


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(5)

「むこうで手を上げている人がいるな。」

「お客さん、わかってますよね?この車に手を上げたからには」
「ええ。わかってるわよ。」
上品な身なりのマダムはハンドバッグから写真を一枚取り出した。
舌をベロリと垂らした白い小型犬が写っている。

「可愛いワンちゃんですね。で、もしかしたら逃げたんですか?」
「そうよ。ほら」とマダムはバッグからリードを取り出した。
「昨日散歩に連れ出したら、通りで男の方が散歩させていたピットブルに吠えつかれて、すっかり怯えちゃって。その後に立ち寄ったブティックの中で粗相しちゃってね。それも大。叩いたら暴れてリードを残して逃げちゃったの。」

「リードが外れて、ということですね。」
「そうなのよ。だから一緒に探して欲しいのよ。」
「いつ頃でしたか?」
「そうね、二日前」
「では車をほんの少しバックさせますね。」

「あら、あそこにいたわ。降ろしていただける?」
電柱に小便をかけている犬が見える。
「だめなんですよ。私の背もたれに掲示してある乗車案内にもありますように過去を勝手に修正することはできませんから。連れて戻ることはできません。場所だけ確認していただくだけです。それでは車を元に戻してと・・」
「はい。ここで降りて探してみてください。私は車で待っていますから。」

やがてマダムは白い犬を抱きかかえて戻ってきた。
「みつけたわ。同じ場所をうろうろしていたの。」
「とにかく見つかってよかったですね。リードは外れないようにしっかり固定しましたか?」
「もう大丈夫」と言いながらマダムはリードを引っ張った。

「ワゥ〜」
「駄目じゃないの!また粗相して。ご免なさい。車の中で大をしちゃったみたい。水っぽいの」
「あ〜ぁ、掃除しなきゃ。臭いですねぇ」
「この犬ね血統書付きだったのよ。なのに頭悪いしストレスに弱いんじゃこっちがまいっちゃうわ。それに逃亡癖まであるときたら。いっそショップに返却しようかしら?」
「お戻しになられても、お店では商品になりませんから処分されてしまいますよ。おそらく。」
「それは可哀そうね。じゃ、あなたにあげるわ。去勢手術と必要な注射は済ませてあります。あたしね、あのピットブルみたいな強い犬の方が好みかもしれない。いざという時に護ってくれそうだし。じゃ、クリーニング代とともにこの子置いてくわね。」

「こんな臭い付けられちゃったら、今日は営業できないなぁ」と男は犬を乗せたまま車を車庫に回送し、マダムから渡された犬の写真を写真帳に貼り込んだ。
「えっと、昭和34年の・・犬の生年月日書いてもしょうがないな。空白にしとくか。」

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翌日。

「では、運転手さん、この子よろしくお願いしますよ。」

「立派なお屋敷ですね。」
「えっ、どこが立派なの?わかんないけど。」

「写真をいただけますか?」
「そんなの要らないよ。おじさん。母上〜。このおじさん、無理をいって僕を困らせようとしているよ。」

「運転手さん、あなたの車は乗った人に将来を見せてくれるって聞いていますよ。表札みたでしょ。だったら行先ぐらいわかるでしょ。息子を困らせるようなことしたら・・。」

「はいはい。わかりました。でもそれならば電車で行ける距離ですよ。」

「お母様、怖い人ですね。」
「おじさんが怒らせるようなことしたからだよ。」

「でも、私にとっては僅かばかりですが仕事になるので良いのですが。」
「上に立つ人は下の人に仕事を恵んであげるんだよ。そうやって主従関係が生まれるわけだよ。昔からいうでしょ。駕籠に乗る人担ぐ人そのまた草履を作る人って。」
「そういう意味での諺でしたかね?私は無学なもんで別の解釈をしていましたがね。まぁいい。・・・ということは、お坊ちゃんは駕籠に乗る人で私はそれを担ぐ人ということですか?」
「そうさ。」

「お坊ちゃんは生まれながらにして上に立つ人っていうことですか?」
「そうだよ。僕はそういう家に生まれたんだ。だからこうやって仕事を恵んであげてるでしょ。おじさん自分のこと無学だって言ったよね。おじさんみたいな職業じゃ学がないのも仕方ないね。僕は毎日東大生の家庭教師の下で勉強してるからね。」
「代わりに学校の宿題をしてもらったり、試験の答を事前に教えてもらったり、ですよね。」
「うん。おじさんよく知ってるね。でもそれのどこが悪い?僕を懲らしめようとか試そうとかすること自体ナンセンスなんだよ。そういうのは凡人同士の背比べ。その凡人の世界の背比べて的な宿題や試験に合理的にお付き合いしているだけさ。」

「なるほど。さすが毎日お勉強されているだけあって屁理屈はお上手ですね。」
「おじさん、屁理屈じゃなく理屈だよ。やっぱり頭悪いね。」
「これは失礼。私みたいな凡人だと思わず前を隠したくなることも、お坊ちゃんは堂々とご開陳になる。或る意味、天然・・で感心します。私よりもきっと大きなものが付いているのでしょうかね。ところで、お坊ちゃんの職業はもう決まっているということですか?あの表札の通り?」
「そうさ、特別な家柄ゆえの家業さ。」
「で、お坊ちゃんは、生まれながらにして駕籠に乗る人だとお母様から言われているわけですね?」
「そうだよ。この国にとって宿命の子だって。」
「ほぅ。それは凄い。釈迦かマホメットかキリストみたいですね。」
「また、過去の人と比較して!」
「人じゃなくて、どなたも神さまなんですが・・・」
「まぁ、比較したいんだったら吉田松陰か僕の祖父にしてくれない?」
「あぁ、あの昭和の妖怪ですね。私もちょっと前に、この車にお乗せしたことがありますよ。あんな化けもんでいいんですか?」
「母上に言いつけるぞ!おじさん。」

「ちょっと言葉が過ぎました。謝ります。ところで、担ぐ人とは具体的にどんな人ですか?私は無学なので教えてください。」
「そうだな。気配りする人かな。僕の家の使用人みたいに何も云わなくてもさっと椅子を引いたり、常に僕の顔色をうかがって黙ってても何でもやってくれるみたいなね。」
「だから便所でお尻まで拭いてもらってるわけですね?」
「そうさ、それが何か?」

「到着しましたよ。3分もかからなかったですね。」
「運転手さん、ここじゃないよ。もっと未来だよ。将来の僕に会って褒めてあげたいんだ。」

男は車のギヤをトップに入れてアクセルを吹かした。

「うん。あれ?随分とモダンな新しい建物になったね。ちょっと中に入って挨拶してくる。」

守衛が深々と挨拶をする中を子どもは建物の中に入り、しばらくすると車に戻ってきた。

「最高権力者になっていたよ。つまり首相ということ。約束されていたから当たり前だけどね。誰一人異を唱えないっていうことは僕が絶対者だからさ。超人といってもいいね。母上が言っていた通りの宿命の子さ。僕と同じ超人種がもっと増えるといいのにね。超人種を輩出する僕のような特別な家系以外は淘汰しないとね。凡人種は墓場の雑草のように役立たずで邪魔でしかないよ。」

「まぁとにかくご立派になられて、それもヒトラー並みの独裁者に。」
「おじさん、変な喩えはやめてよ。あんな馬鹿と比較されること自体、ナンセンス。あの頃と時代は違うよ。超人種はもっと賢いのさ。」
「それは失礼しました。私はつい過去と比較する癖がありまして。」
「僕は常に未来思考。過去なんてゴミ箱に捨てなきゃだめだよおじさん。だから凡人なんだよいつまでも。ところで、おじさんを雇ってあげようか?運転手か秘書のどっちがいい?今よりもいい生活ができるよ。」
「私は今のままで十分満足しておりますから。」
「凡人っていうのは上昇志向がないんだよね。あぁつまらない。」

「では、車をバックさせましょう。」
「おじさん、何で?もっと先にやってよ。大勲位菊花章頸飾を付けた僕に会いたいよ。」
「やめておきましょう。ガソリンが勿体ないですから。」
「勿体ない比較がおかしいよ、おじさん。でもまぁいいよ。それも決まっている将来だから。」

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子どもを屋敷の前で降ろした。車を走らせてしばらくして男はハタとあることに気付いて車を止めた。

「あっ、しまった。大変なことをしたかもしれない」男はダッシュボードから写真帳を取り出した。
「やっぱり!一対一対応でお客様からは必ず写真をいただくことが前提なのに、あの子からは貰わずに乗せたということは、二対一、昨日の犬とあの子の将来が交配されたかもしれんぞ。」

車を車庫に返すと、車庫につないであった筈の白い犬が消えていた。
「さては逃げたかな?」

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「畜生!あんな小坊主に鼻であしらわれて。俺は東大生だぞ。何で足し算引き算なんてやらせるんだ!」

「ワゥ〜」
「噛みやがったな。お前まで俺を馬鹿にしやがって!」と書生は犬の尻をひっぱたいた。
「あぁ、粗相しやがって。水っぽいの!床がよごれちゃったじゃないか!俺に道端で拾われたのに、そのご主人様に何たる態度だ!誰が飼ってたの知らんが全く躾がなってないな」と書生は本棚から畑正憲の単行本を取り出した。

「なるほど。犬っていうのは、本来群れ社会で主従関係を認識するということか!お隣の愛犬家にお願いして引き取ってもらおう。」

「あぁ、いいですよ。あれっ、どっかで見かけたことのある犬だな。まぁいいや。ちょうど、うちのピットブルのターゲットが欲しかったんでね。おい、ドナルド、お前に手頃な相手ができたぞ〜。しっかりタスクしてやれ。」

「犬同士の力関係でいえば、ピットブルっていうのは生まれながらにして犬世界の中では頂点にいますからね。絶対的な存在ですよ。だから、他の種類の犬なら先ず尻穴を舐めて恭順を示します。ほらね。」


(つづく)

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2017年12月13日

奇譚「黄泉交通」(その2)


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(4)

「はい。しっかり写っております。では参りましょうか。」
老人が差し出した白黒の古ぼけた写真。お坊さんに続いておおぜいの着飾った子供たちが練り歩く花まつりの様子が写っている。

「到着しましたよ。この辺りですよね。」
「君はよくわかったね。一言も行き先を告げなかったのに。」
「これが職業ですから。」
「でも何もないだろ。すっかり寂れて。今は地図にだけある場所だからね。」

草木に覆われ、枝に窓を破られまさに朽ちようとしている建物の前に車を止めた。
「廃墟マニア以外は知らない場所です。」

「この子ですよね。貴方様は?」
「よくわかるね。こんな古ぼけた写真から。60年以上昔のわしだよ。」

「その二人後ろ。私です。」
「この人か?帽子を被った運転手、き、君じゃないか?ち、ちょっとまて、そんなこと有り得るのか?」
「そうですよ。この辺りでも流しの営業をしておりましたから。田中隆先生、山羊髭で丸眼鏡の国語の先生。覚えておられますよね。お乗せしたことがありますよ。」

「うんうん。思い出したよ」と老人は頷いている。
「貴方様のこと、母親思いの孝行息子だと先生は感心されていましたね。目の悪いお母様に代わって針の穴に糸を通したり、新聞を読んであげたり。」
「えっ!そこまで知っているのか。まったく驚いたよ。」

「車を少しバックさせましょう。」

「私はここで待っています」と男はドアを開けた。
老人は車を降りると霧の向こうに消えていった。

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しばらくして老人が興奮冷めやらぬ表情で戻り車に乗り込んだ。

「あの町があったよ。写真と同じ祭りをしていて、家に帰ると母が居てね。肩を揉んだりして親孝行ができた。感激した!」
「それは良かったですね。ご自慢の息子さんでしたからね。今の貴方様を知らずに亡くなられた・・」
「そう、この町を出て上京して間もなくだった。」

「亡くなられて良かったのではないですか?」
「君、何てこと言うんだ!孝行したくとも親がいないこと程悔やむことはないのだぞ!」老人は憤慨している。

「私は母は存命ですが、親孝行できないんですよ。」
「そりゃ、君、不幸者ということだぞ。親が生きている間に息子が孝行するのは当たり前じゃないか!」
「いくら孝行したいと思っていてもできない身にしたのは・・」
「君の言っていることがわからんな。」

「車を元の位置に戻しましょう。」
また朽ちた建物が眼前に現れた。

「もう少し右に詰めていただけますか、あと二人程、ここで相乗りされますから」と男は帽子を目深に被り直すとドアを開きルームミラーを確認してまたドアを閉めた。
「この車はわしの貸切じゃないのか?それに誰も乗ってこんぞ!」と老人が怪訝な顔をしている。
しばらく車を走らせ海辺に出た。
「あちらで手を上げている方をお乗せしますよ」と車を止めて助手席のドアを開けた。

「誰も乗って来んじゃないか。さっきからつまらぬ狂言をして何の真似か、君!用は終えた。わしの屋敷に車をやりたまえ。」

運転席のダッシュボードから男は写真帳を取り出した。
「貴方様以外に乗られている方々からはもうお写真をいただいておりますよ。ご覧なられますか?」と男は写真帳から3枚写真を剥がして、肩越しに老人に手渡した。

「えっ、君、どれもわしの顔写真じゃないか?」

「貴方様は上京後、刻苦勉励され名のある教育者になられた。貧しい人々にも等しく教育を施そうと私学を幾つも立ち上げました。」
「そうだ。よくわかっとるじゃないか。」
「有力政治家や中央官僚と太いパイプを作られたのも、最初はその目的の為でした。」

「しかし、貴方様の懐も同時に暖まり始めました。その甘い汁を共有しあう関係である大物政治家と昵懇となり、その目に見えぬ力を背景に国庫から優先的にカネを引き出す、正確に言えば、懐に入れる、ことができるようになったわけです。」
「き、君は何てことを言うんだ!証拠もなくいい加減なことを言えば名誉棄損だぞ!」
「証拠は悉くありませんよね。確かに。」
「先ほどまで車を止めていた朽ちた建物も元は贅を尽くしたリゾートホテルでした。リゾート法の適用を受け、町からも公費を引き出して貴方様が作った。故郷に錦を飾ったわけです。しかし、その頃はすでに教育者ではなく、ビジネスマンとして、いや、貴方様やお友だちの政治家・官僚への利益誘導に目的が転じていました。建設費用を水増しして差分を貴方様方は分けあっていました。そして、儲からないとわかるや負債を町に押し付け、結果、町の財政は破綻し、貴方様はご自身の故郷を破壊されたわけです。」

「なぜ君はそんな細々としたことまであたかも知っているかのように話すのだ!それにわしの責任じゃない。一時的にせよ雇用が創出されたわけだ。感謝されても非難される筋合いではないぞ」と老人は憤っている。

「そこまでは世間でよく耳にすることですから、貴方様を取りたてて私がどうこう言うつもりはありません。貴方様の故郷が失われたのももしかしたら他に要因があったかもしれませんから。」
「だったら、余計な話はせんでええ、早うわしの屋敷に車をやれよ!」

「しかし、この方々は・・」
「だから、さっきからおかしな狂言はやめろと云っているだろ。この方々って誰もいないじゃないか?」
「いませんよ。この世には。」
男はアクセルをふかすと海岸線の切り立った崖の際で車を止めた。

「一体何のまねだ!こんなところで止めて」
老人はルームミラー越しに男に叫んだ。

「お忘れですか?秘書をしていた佐藤徹ですよ。」
「俺は、あの町の助役をしていた日下一郎だよ、しばらくだな。」
「町長の山内昭雄だ。任期半ばで恨めしいよ。」

「な、何だ!誰もいないのに耳元で声がする」老人は狼狽している。
「気味が悪い!車を降りるぞ。う〜む、ドアが開かん。ドアを開けろ!」

「いや、ドアは開きません」と、帽子と脱いでぐるりと振り返った男に老人は驚愕し叫び声を上げた。

「お、お前は!」
「はい。その昔、貴方様の運転手を務めていました山本悟です。まだ二十代だったんですよ。あれから歳を取ることができません。今だから打ち明けますが、当時、貴方様のお嬢様と将来を誓い合っていました。それなのに・・僕は母に不幸をしてしまいました。親孝行一つできずにね。悔やんでも悔やみきれません。貴方様にとって不都合極まりないカネのやりとりについて真実を知っていた我々ですから、貴方様は我々の口を噤ませようと権謀術策を駆使し我々に濡れ衣を着せたり、マスコミを使ってあらぬ噂を立てて、終いに一人ずつ死に追いやったわけです。首を吊ったり身投げをしたり火をかぶったりとそれはそれは苦しいものでした。よもやここに貴方様がお戻りになられるとは。まさに千載一遇、恨みを知れ!」というや、ハンドルを切った。

「おい、あれ見たか!今、あの崖から誰か飛び降りたぞ。自殺だ!」と釣り人たちが声を上げた。

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「おかしいな、もう半日経っているのに、あの老人、戻ってこないな。もしかしたら別の車に間違えて乗ったのかもしれん。辺鄙な場所ほど同業者とすれ違うことが多いからね。母思いの優しいご老人だった。写真だけ預かっても・・」とダッシュボードから写真帳を取り出し男は貼り込もうとした。

「おや、余白にすでに今日の日付で没年月日が記入されているぞ。まぁいいや、今日の営業は空振り、これでおしまい」と表示板を回送にしてその場を後にした。

(つづく)


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